第39話 もう一人の志願者
野営地を離れる朝は、いつも静かだ。
荷をまとめ、火を消し、
必要なものだけを持って歩き出す。
ミナトとリーシャが丘を下りようとしたとき、
一人の若者が立っていた。
「……待ってください」
声は、震えていなかった。
年の頃は二十前後。
旅装束は新品ではないが、よく手入れされている。
ミナトは立ち止まり、振り返った。
「何でしょう」
若者は、深く頭を下げた。
「弟子にしてください」
リーシャが、目を見開く。
「……は?」
若者は顔を上げ、真っ直ぐにミナトを見る。
「流脈調律師。
巡回治療師。
戻らない線を引く人」
息を吸い、言葉を続けた。
「あなたのやり方を、見ていました」
ミナトは、即答しなかった。
それだけで、若者は察したらしい。
「分かっています」
若者は、早口にならず、落ち着いて言う。
「簡単じゃない」
「真似できない」
「英雄じゃない」
それでも。
「……それでも、やりたい」
リーシャが、ミナトを見る。
ミナトは、若者を見つめたまま、静かに聞いた。
「なぜですか」
若者は、少し考えた。
「……壊したからです」
その言葉に、風が止まったように感じた。
「街で、医療補助をしていました」
「正しいと思って、止めました」
「“様子を見ろ”って」
声が、わずかに揺れる。
「結果、友人が倒れた」
「生きています」
「でも……前と同じじゃない」
若者は、拳を握った。
「俺は、治せませんでした」
「でも、止めた理由は、今も正しいと思ってる」
矛盾した感情。
ミナトは、それを否定しなかった。
「……だから」
若者は、まっすぐ言った。
「あなたの“止め方”を、学びたい」
長い沈黙。
リーシャは、口を出さなかった。
ミナトは、ゆっくりと首を振った。
「弟子は、取りません」
若者は、驚かなかった。
それどころか、少しだけ笑った。
「……ですよね」
「教えられません」
ミナトは、続ける。
「技術も」
「判断も」
「それでも」
若者は、食い下がらない。
「ついて行っても、いいですか」
ミナトは、若者を見る。
その目には、焦りも、憧れも、逃げもない。
ただ――覚悟だけがあった。
「条件があります」
ミナトは言った。
「治療は、見せます」
「説明は、しません」
若者の目が、わずかに見開かれる。
「質問も、受けません」
「……それで、学べるんですか」
「学べません」
ミナトは、はっきり言った。
「分かるか、分からないかです」
若者は、しばらく黙っていた。
やがて、深く息を吐く。
「……それでも、行きます」
リーシャが、小さく笑った。
「厄介なのが増えたな」
ミナトは、歩き出す。
「増えていません」
若者が、一歩後ろにつく。
「選択肢が、増えただけです」
三人は、歩き出した。
教えない師と、
学べない弟子と、
それを見ている同行者。
継承できないものを、
それでも残そうとする旅が、始まった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




