第38話 それでも、戻らない
街は、もう街ではなかった。
完全に崩れたわけではない。
瓦礫が積み上がっているわけでもない。
ただ――役割を失っていた。
アーク=レインは、
「戻れる場所」ではなくなっていた。
丘の上から見下ろす街には、
人の流れがない。
急ぐ足も、競う声も消えている。
「……終わったな」
リーシャの声は、乾いていた。
「はい」
ミナトは、否定しない。
「一つの役割が、終わりました」
野営地では、朝の支度が始まっている。
焚き火に鍋をかける者。
子どもに靴を履かせる者。
簡単だが、確かな営み。
街の代わりではない。
だが、人生の代わりにはなっている。
「……戻らなくて、よかったのか」
リーシャが、ぽつりと聞いた。
それは、誰にともなく投げられた問いだった。
「分かりません」
ミナトは、いつもの答えを返す。
「でも」
少しだけ、言葉を足す。
「戻っていたら、ここはありませんでした」
リーシャは、野営地を見る。
あの職人。
あの母親。
あの医療関係者。
皆、街に戻れば“また同じ場所”に戻っていた人たちだ。
「……やり直せなかった」
「はい」
ミナトは、頷く。
「でも、選び直せた」
沈黙。
風が吹き、丘の草が揺れる。
「……治療師ってさ」
リーシャが、苦笑する。
「人気商売じゃないな」
「ええ」
ミナトも、わずかに笑った。
「嫌われます」
「恨まれることもある」
「あります」
それでも、ミナトは言う。
「それでも戻らない線を、引き続けます」
昼過ぎ、野営地を訪れる者がいた。
街の評議会の一人。
かつて、便利さを選んだ側の人間だ。
「……遅かったか」
男は、力なく言った。
「いいえ」
ミナトは、即答する。
「来られました」
男は、目を伏せた。
「街は……もう」
「ええ」
「それでも、助けてほしい」
ミナトは、男を見る。
「何をですか」
「……生き方を」
その言葉に、リーシャは息をのんだ。
ミナトは、少し考え、
そして答える。
「治療は、しません」
男は、頷いた。
「それでいい」
「代わりに」
ミナトは、野営地を示す。
「ここで、休んでください」
「……休んでいいのか」
「はい」
「責任を、放り出して」
「放り出していません」
ミナトは、静かに言った。
「**終わった責任を、握り続けないだけです**」
男の肩が、わずかに落ちた。
夕方、男は焚き火のそばに座っていた。
誰とも話さず、ただ火を見ている。
それでいい。
夜。
リーシャが、ミナトの隣に座る。
「……戻らないって、決め続けるのは、きついな」
「はい」
ミナトは、空を見上げる。
「だから、一人ではやりません」
リーシャは、少しだけ笑った。
「……そうだな」
丘の向こう。
かつて街だった場所は、暗い。
だが、完全な闇ではない。
小さな灯りが、点々と残っている。
戻らなかった場所。
戻れなかった場所。
そして――
生き直している場所。
ミナトは、思う。
治療師の仕事は、
治すことでも、救うことでもない。
**戻らなくていい場所を、増やすことだ。**
二人は、また歩き出す。
次の境界へ。
次の選択が、壊れきる前に。
それでも、戻らないまま。
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