第35話 壊れるまで待つ
街は、まだ立っていた。
遠目には、何も変わらない。
魔法灯は灯り、人の流れも途切れていない。
「……待つんだな」
リーシャが、低く言った。
「はい」
ミナトは、街から十分に距離を取った丘の上に腰を下ろす。
「入らない」
「声もかけない」
「治療もしない」
それは、逃げではなかった。
介入しないという、選択だった。
数日後、最初に崩れたのは“人”ではなかった。
「……物流が、詰まってきている」
街道を行き交う商人の話は、同じだった。
「人が倒れる前に、順番が狂う」
「補充が間に合わない」
「回復魔法の在庫が減ってる」
便利さは、支える前提が崩れると、脆い。
リーシャが、拳を握る。
「……まだ、人は助けないのか」
「助けます」
ミナトは、即答した。
「**外に出た人は**」
その夜、一人の女が丘を登ってきた。
街の紋章入りの外套。
医療関係者だと、すぐに分かる。
「……あなたたちだな」
疲れ切った顔。
「街の外にいる、という治療師」
ミナトは、否定しなかった。
「街が……回りません」
女は、声を震わせる。
「人じゃない。仕組みが」
「誰も、休めない」
リーシャが、一歩前に出かける。
「だから言っただろ」
ミナトが、静かに制した。
「……何を、求めていますか」
女は、しばらく黙った。
「……答えを」
ミナトは、首を振る。
「ありません」
女の顔が歪む。
「じゃあ、何をしに外にいる!」
「**逃げ道を、残すためです**」
ミナトは、丘の下を指さした。
「出てきた人を、壊さないために」
女は、唇を噛みしめる。
「街は……?」
「街は、選び続けています」
便利さを。
速度を。
競争を。
それは、間違いではない。
だが、治療でもない。
「……冷たいな」
女が、呟く。
「はい」
ミナトは、認めた。
「でも、正直です」
数日後、街の外に簡易の野営地ができた。
倒れた者。
働けなくなった者。
“まだ壊れていない”人たち。
ミナトは、彼らを診た。
治療した。
だが――戻さない。
「街へは?」
誰かが聞く。
「戻れます」
ミナトは、答える。
「ただし、同じ条件で」
多くは、首を振った。
「……それなら、いい」
リーシャが、夜に言った。
「街を救ってるわけじゃない」
「ええ」
ミナトは、焚き火を見つめる。
「**壊れるまで、待っているだけです**」
「残酷だな」
「はい」
ミナトは、否定しなかった。
「でも――」
炎が、静かに揺れる。
「壊れる前に、逃げられる人がいるなら」
「それは、治療です」
丘の上から、街の灯りを見る。
少し、暗くなった気がした。
それでも、まだ立っている。
壊れるまで、待つ。
それが、今できる唯一のことだった。
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