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その病、魔法じゃ治らない。異世界で鍼灸師をやることになった  作者: 夜凪レン


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第34話 選ばれたのは便利さ

 会議室の空気は、重かった。


 広い窓。整えられた机。明るい魔法灯。

 かつて一度、光を落とした部屋だ。


「……来なかったな」


 誰かが、ぽつりと言った。


 アーク=レイン医療評議会。

 以前、街を“休ませる”決断をした面々が揃っている。


「来なかった、ではない」


 年配の評議員が、静かに訂正する。


「**呼ばなかった**」


 沈黙。


 誰も反論しなかった。


 若い技術官が、資料を机に広げる。


「回復魔法の使用回数は、以前の七割まで戻っています」

「魔法炉の稼働率も、安定圏内です」


 数字は、綺麗だった。

 誰の目にも分かりやすい成果。


「倒れる者は?」


 別の評議員が尋ねる。


「います」

「ただし、致命的な例は減少しています」


 “管理できている”。


 その言葉が、誰の口からも出ないまま、場を支配していた。


「……あの治療師なら」


 誰かが、言いかけて、止めた。


 あの治療師なら、また止めろと言うだろう。

 速度を落とせ。

 休め。

 戻るな。


 だが――


「現実を見よう」


 評議長が、口を開いた。


「我々は、周囲の都市と競っている」

「遅れれば、人も金も流出する」


 沈黙が、肯定になる。


「壊れきる前に止めればいい」

「今度は、完全には戻さない」


 誰かが言う。


「……それで、十分だ」


 決定は、なされた。


 その頃、街の外れ。


 リーシャは、丘の上で街を見下ろしていた。


「……中では、ちゃんと理由があるんだろうな」


「あります」


 ミナトは、否定しなかった。


「とても、まっとうな理由です」


「だから、行かないのか」


「はい」


 ミナトは、ゆっくりと答える。


「**正しい理由で選ばれた不正解は、外から治せません**」


 街道を歩く人々の中に、昨日会った男はいない。

 もう出たのか、まだ耐えているのか。


 どちらにせよ、選択は街の内側にある。


 夜。


 小さな村の宿で、二人は食事をとっていた。


「……分かってる」


 リーシャが、低く言う。


「行ったら、英雄みたいに迎えられるかもしれない」

「でも、それは……」


「責任を奪います」


 ミナトは、静かに続ける。


「“選んだ”という事実を」


 リーシャは、箸を止めた。


「じゃあ、俺たちは何なんだ」


「……境界です」


「境界?」


「選べなくなったときに、戻れる外側」


 それは、救いではない。

 保証でもない。


 ただの、余地。


 翌朝。


 街から一台の馬車が出てきた。

 積まれているのは、家財道具。


「……出てきたな」


 リーシャが呟く。


 御者の男が、二人に気づいて声をかける。


「街を?」


「ええ」


 男は、肩をすくめた。


「悪くはない」

「でも、休めない」


 ミナトは、頷いた。


「それも、正しい選択です」


 男は、少し驚いた顔をする。


「止めないのか」


「止めません」


 ミナトは、答えた。


「選べているうちは」


 馬車は、街道を進んでいく。

 ゆっくりと。

 確かに。


 リーシャが、息を吐いた。


「……選ばれたな」


「はい」


 ミナトは、街から目を離さなかった。


「**今回は、便利さが**」


 それでも。


 街の外には、人が出てきている。

 完全には、閉じていない。


 壊れきる前に、逃げる道は残っている。


「……それでいいのか」


「はい」


 ミナトは、歩き出す。


「選ばれなかった治療は、消えません」

「ただ、使われなかっただけです」


 必要になったとき、

 誰かが、思い出せる場所にいる。


 それが、治療師の立ち位置だった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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