第33話 戻らない街
その街の名を聞いたとき、リーシャは足を止めた。
「……アーク=レイン?」
かつて、魔法炉を止めた都市。
人を壊さずに、街を休ませた場所。
ミナトは、頷いた。
「はい。
噂が、少し変です」
街道沿いの宿で聞いた話は、曖昧だった。
「また人が倒れている」
「前ほどじゃないが、妙に多い」
「街は……戻ったらしい」
“戻った”。
その言葉が、ミナトの胸に引っかかっていた。
「行くのか」
リーシャが、静かに聞く。
「……いいえ」
即答だった。
リーシャが、驚いた顔をする。
「助けた街だぞ」
「だからです」
ミナトは、地図を畳む。
「一度、線を引いた場所です」
数日後。
二人は、街の外れに立っていた。
城門の中には入らない。
高台から、街を見下ろすだけ。
魔法灯は、以前より明るい。
結界も、強化されている。
「……便利に戻ったな」
リーシャが、低く言った。
「はい」
ミナトは、視線を逸らさない。
「休養が、終わったわけではありません。
ただ――我慢できるところまで、戻した」
街道を行く人の足取りは、速い。
以前よりも、速い。
「……無理をしている」
「証拠は?」
リーシャが聞く。
「ない」
ミナトは、正直に答えた。
「まだ」
その夜、街の外れで一人の男に会った。
旅装束。
疲れた顔。
「街を出るのか」
リーシャが尋ねる。
男は、頷いた。
「……倒れた」
「誰が」
「同僚が」
男は、笑った。
「前みたいに重症じゃない。
すぐ回復魔法で戻る」
ミナトは、口を開いた。
「……戻る前に、休みましたか」
男は、一瞬考えてから首を振った。
「休んだら、置いていかれる」
それが、答えだった。
リーシャが、拳を握る。
「……行かないのか」
「行きません」
ミナトは、はっきり言った。
「呼ばれていない」
「でも、壊れるぞ」
「はい」
ミナトは、否定しなかった。
「壊れます」
リーシャが、ミナトを見る。
「それでも?」
「それでもです」
声は、揺れない。
「ここは、選んだ」
便利さを。
速度を。
競争を。
「選んだ結果は、
外から止められません」
沈黙。
風が吹き、街の灯りが揺れる。
「……冷たいな」
リーシャが、ぽつりと言った。
「はい」
ミナトは、認めた。
「だから、治療師です」
英雄なら、飛び込む。
救世主なら、命令する。
だが、治療師は――
「選ばれなかった治療を、無理に押しつけない」
翌朝、二人は背を向けた。
街には入らない。
門も、叩かない。
ただ、去る。
「……後悔しないのか」
リーシャが、最後に聞いた。
「します」
ミナトは、即答した。
「でも、戻りません」
街は、今日も動いている。
速く、強く、便利に。
そしていつか――
止まる。
そのとき、
外にいる誰かが、必要になる。
ミナトは、そう信じて歩いた。
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