第31話 壊したくなかった人
その知らせは、夜に届いた。
「……倒れた」
短い言葉だった。
伝令の青年は、息を切らしている。
「例の街で……
“治療を控える方針”を進めていた医師が」
リーシャが、顔をしかめる。
「患者じゃないのか」
「ええ。
治す側です」
ミナトは、目を閉じた。
来ると思っていた。
だが、来てほしくなかった。
街〈エル=トラウ〉に戻ると、診療所は静まり返っていた。
ベッドに横たわっているのは、
あの若い医師だった。
顔色は悪い。
呼吸は浅い。
流れは――
「……限界まで、我慢している」
ミナトは、低く言った。
リーシャが、唇を噛む。
「患者を減らしたんだろ」
「はい」
ミナトは、静かに答える。
「自分が倒れるまで」
医師は、薄く目を開けた。
「……先生」
かすれた声。
「正しいと思ったんです」
ミナトは、頷いた。
「分かっています」
「皆が、我慢すれば……
街は、うまく回ると」
医師の手が、わずかに震える。
「でも……
自分が、一番……我慢してました」
ミナトは、何も言わなかった。
言葉は、もう十分にあった。
治療は、慎重だった。
針を打つ。
流れを、ほんの少しだけ緩める。
戻しすぎない。
医師の呼吸が、わずかに深くなる。
「……助かりますか」
看護師が、震える声で尋ねた。
「生きます」
ミナトは、はっきり言った。
「……でも」
視線を落とす。
「前と同じには、働けません」
沈黙。
それは、失敗の証だった。
医師は、目を閉じたまま言った。
「……それで、いいです」
声は、弱い。
だが、迷いはなかった。
「誰かを、黙らせる正しさは……
もう、使いません」
リーシャが、そっと息を吐く。
数日後。
評議会は、方針を一部撤回した。
「様子を見ろ」は、消えた。
代わりに、こう書かれた。
来ることを、ためらわせない
街は、完全には戻らない。
だが、壊れきることは、避けられた。
街を出る前、ミナトは医師と話した。
「……あなたを、真似しようとしました」
医師は、微笑った。
「でも、無理でした」
「真似しなくていい」
ミナトは、静かに言う。
「あなたは、あなたの線を引けばいい」
医師は、ゆっくりと頷いた。
街道に出て、リーシャが言った。
「……救えたな」
「ええ」
ミナトは、歩きながら答える。
「でも、壊れました」
「それでも?」
「それでも、
壊しきらなかった」
それが、現実だった。
善意は、人を壊す。
だが――
善意だけが、
壊れた後に立ち直る理由にもなる。
ミナトは、思う。
治療師の仕事は、
間違いを、無かったことにすることじゃない。
取り返しがつかなくなる前に、止めること。
それだけだ。
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