第30話 誤解される正しさ
その街では、治療が減っていた。
回復魔法の使用回数は、半分以下。
診療所は開いているが、患者は少ない。
「……一見、理想的だな」
リーシャが、街並みを見て言った。
「ええ」
ミナトは頷いた。
「一見は」
都市〈エル=トラウ〉。
中規模で、学問都市として知られている。
情報が早く、
思想が広まりやすい場所だ。
広場には、掲示が貼られていた。
【新方針】
不要な治療は行わない
回復魔法は慎重に
自己管理を推奨する
署名は――都市医療評議会。
「……聞いてないな」
「ええ」
ミナトは、嫌な予感を覚えながら診療所へ向かった。
責任者は、若い医師だった。
「あなたが、流脈調律師か」
礼儀正しい。
敵意はない。
「あなたの考え方を、参考にしました」
「どの部分を」
「治しすぎないこと」
ミナトは、静かに言った。
「……他には」
「効率を落とすこと。
患者自身に任せること」
どれも、言葉だけは正しい。
だが――
「患者数が、減りましたね」
「ええ。
軽症者は、来なくなりました」
ミナトは、目を伏せた。
「重症者は?」
一瞬の、間。
「……増えています」
リーシャが、眉をひそめる。
「なぜだ」
医師は、苦しそうに言った。
「軽いうちに来なくなった」
それが、答えだった。
「“様子を見ろ”と教えすぎました」
ミナトは、深く息を吐いた。
正しさが、壁になっている。
「……それは、誰の判断ですか」
「評議会です」
「あなたは?」
「……賛成しました」
医師は、視線を下げる。
「正しいと思ったんです」
ミナトは、責めなかった。
「分かります」
それが、一番危険なところだった。
診療所の奥で、一人の患者を診る。
呼吸が浅い。
流れは、崩れてはいない。
だが――耐えている。
「……なぜ、もっと早く来なかった」
患者は、笑った。
「来ちゃいけない気がして」
その一言で、すべてが分かった。
夜、評議会の場に呼ばれる。
「君の思想は、街を救っている」
年配の評議員が言う。
「医療費も減った。
効率も上がった」
ミナトは、静かに答えた。
「……壊れ始めています」
ざわめき。
「数字は、良好だ」
「今は、です」
ミナトは、はっきり言った。
「正しさで、人を黙らせている」
評議員の一人が、顔をしかめる。
「それの何が悪い」
「悪くありません」
ミナトは、否定しなかった。
「でも、治療ではない」
沈黙。
「治療とは、
来ていい場所を作ることです」
ミナトは、続けた。
「我慢を、強要することではない」
誰も、すぐには反論しなかった。
だが、すぐにも納得もしなかった。
結論は出なかった。
翌朝、街を出るとき、若い医師が追いかけてきた。
「……止めます」
「何を」
「“様子を見ろ”を、言うのを」
ミナトは、頷いた。
「それだけで、十分です」
街は、変わらない。
方針も、すぐには戻らない。
それでも――
誤解された正しさに、線を引いた。
それが、今日の仕事だった。
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