第29話 それでも隣にいる理由(リーシャ視点)
正直に言えば――
私は、何度も思っている。
この人は、向いていない。
治療師に。
英雄に。
人に感謝される役に。
村を追い出されても、怒らない。
助けられるはずの人を前にしても、踏み込まない。
それでいて、後悔している様子もない。
優しいのか、冷たいのか、分からない。
焚き火の向こうで、ミナトは湯を沸かしている。
いつも通りの背中。
あの村を出てから、
ほとんど言葉を交わしていない。
でも、私は分かっている。
あの判断は、間違っていない。
――ただ、きついだけだ。
私は昔、剣を振るっていた。
守るため。
正しいことをするため。
そう信じて、戦場に立った。
結果は、単純だった。
守れたものより、壊したものの方が多い。
治したつもりで、壊した。
助けたつもりで、奪った。
だから私は、
「正しさ」を疑うようになった。
ミナトは、戦わない。
説得もしない。
救済もしない。
ただ、線を引く。
――ここまでは、いい。
――ここから先は、壊れる。
それを、淡々と示す。
あの村で、私は何度も思った。
踏み込め。
助けろ。
今しかない。
でも、ミナトは動かなかった。
その代わり、
村が“壊れる未来”を、引き受けなかった。
焚き火が、ぱちりと鳴る。
「……私さ」
思わず、口を開いていた。
「昔、同じような村を救おうとした」
ミナトは、何も言わない。
聞いているだけ。
「結果、三人死んだ」
風が、冷たい。
「正しいと思った。
急げば、間に合うと思った」
ミナトが、湯を火から下ろす。
「……でも」
私は、続ける。
「正しさは、急がせる」
沈黙。
「だから、私は止まれなかった」
ミナトが、初めてこちらを見る。
何も評価しない目。
「……あなたは」
私は、言葉を探す。
「止まれる」
ミナトは、少しだけ首を振った。
「止まっているだけです」
「違う」
私は、はっきり言う。
「止まるって、勇気がいる」
助けられるかもしれない人を、前にして。
罵られて。
嫌われて。
それでも、踏み込まない。
それは――
剣を振るうより、ずっと怖い。
「……だから」
私は、焚き火を見つめた。
「私は、隣にいる」
ミナトは、何も言わない。
ただ、頷いた。
それで、十分だった。
私は、思う。
この人は、世界を救わない。
でも――
壊さない。
それが、どれほど難しいかを、
私は知っている。
だから、今日も歩く。
この人の隣で。
誰かを救えなかった日も、
それでも間違っていなかったと、
一緒に背負うために。
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