第28話 治療を拒む村
村の入口で、足を止められた。
「帰れ」
それだけだった。
門代わりの柵の前に立つ男は、武器も持っていない。
だが、声に迷いはなかった。
「……理由を聞いても?」
ミナトが静かに尋ねる。
「聞く必要はない」
男は、繰り返す。
「治療師は、いらない」
リーシャが一歩前に出かけて、止まる。
ミナトが、軽く手を上げた。
「分かりました」
引き返そうとした、そのとき。
「……待って」
女の声がした。
柵の向こう、家々の影から、一人の老婆が出てくる。
「話くらいは、聞いてもいいだろう」
男は、顔をしかめた。
「婆さん……」
「聞くだけだ」
短い沈黙のあと、二人は村に通された。
集会所。
古い木の匂い。
人の視線は、冷たい。
「治療師が来ると、ろくなことがない」
誰かが言った。
「前もそうだった」
「魔法を使われて、三人寝込んだ」
「“効く”って言われた」
ミナトは、反論しなかった。
ただ、聞いた。
「……その治療師は、今どこに」
「死んだ」
静かな声だった。
「責任も取らずに、逃げてな」
リーシャが、歯を食いしばるのが分かった。
だが、ミナトは頷いた。
「それは……
来てはいけない理由になりますね」
ざわり、と空気が動く。
「分かってるなら、なぜ来た」
ミナトは、答えた。
「治療をしに来たわけではありません」
誰かが、笑った。
「は?」
「治療しないなら、なおさらいらない」
ミナトは、視線を下げ、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「……診るためです」
「同じだ」
「違います」
はっきりとした声だった。
「触りません。
止めません。
変えません」
村人たちは、困惑した。
「じゃあ、何をする」
「帰ります」
その言葉に、場が静まり返る。
リーシャが、驚いてミナトを見る。
「……今?」
「はい」
ミナトは、老婆の方を見る。
「話を聞かせてくれて、ありがとうございました」
立ち上がる。
その背に、声が投げられた。
「……待て」
若い女だった。
「一人だけ、診てほしい」
男たちが、ざわつく。
「おい」
「約束が違う」
「分かってる」
女は、拳を握って言った。
「でも……このままじゃ、母が壊れる」
ミナトは、振り返らなかった。
「診ません」
冷たい言葉。
女の顔が、歪む。
「……じゃあ、何しに来た!」
ミナトは、初めて振り返った。
真っ直ぐに、女を見る。
「止めるためです」
女が、息をのむ。
「あなたが、
誰かに無理をさせ続けるのを」
沈黙。
「治療は、信頼の上にしか成り立ちません」
ミナトは、続ける。
「ここには、それがない」
ゆっくりと、頭を下げた。
「だから、去ります」
二人は、村を出た。
背後から、怒号も、罵声も飛んだ。
それでも、振り返らなかった。
夜、焚き火の前でリーシャが言った。
「……助けられたかもしれない」
「はい」
ミナトは、否定しなかった。
「でも――」
「……壊したかもしれない」
リーシャが、言葉を継ぐ。
「ええ」
ミナトは、炎を見る。
「それが、一番やってはいけないことです」
翌朝。
村の入口に、一人立っていた。
昨日の若い女だ。
「……母は、まだ生きてる」
それだけを言った。
「今日は、何もしなかった」
ミナトは、頷いた。
「それで、いい」
女は、しばらく黙っていた。
「……いつか」
小さな声。
「信じられる日が来たら」
「ええ」
ミナトは、答えた。
「そのときは、
こちらからは行きません」
女は、驚いた顔をした。
「……待つんだ」
「はい」
ミナトは、歩き出す。
治療師は、
信じられない場所を、
無理に治さない。
それでも――
信じる余地だけは、残していく。
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