第26話 治療師は、留まらない
その治療師は、どこにも留まらなかった。
町に診療所を構えることもなく、
協会に籍を置くこともなく、
誰かの庇護を受けることもない。
ただ、必要な場所に現れて、
必要がなくなれば去る。
「……次は、どこだ」
街道の分かれ道で、リーシャが地図を広げた。
右へ行けば、交易路。
左へ行けば、山間の村々。
どちらも、急ぎではない。
だからこそ――選ぶ理由がない。
「……呼ばれてる方でいい」
ミナトは、空を見上げて言った。
「呼ばれてる?」
「流れが、少し重い」
感覚は、微かなものだった。
だが、無視するには十分すぎる。
二人は、山道を選んだ。
夕方、村に着く。
名もない集落。
回復魔法師はいない。
診療所もない。
だが、人々は困っている様子でもなかった。
「……病人はいないな」
リーシャが、周囲を見回す。
「ええ」
ミナトは、頷いた。
「だから、来ました」
村長の家で話を聞く。
「最近、若い者が戻らなくなりましてな」
老人は、湯飲みを両手で包みながら言った。
「町へ出たきりで」
「病気では?」
「元気そうでした」
ミナトは、少し考えた。
「……畑は?」
「収穫は、問題ありません」
「森は?」
「変わりません」
流れは、壊れていない。
だが――
「……戻る理由が、なくなっています」
リーシャが、眉をひそめる。
「それ、治療か?」
「はい」
ミナトは、即答した。
「世界で一番、難しいやつです」
その夜、ミナトは村を歩いた。
灯りは少ない。
音も、少ない。
だが、静かすぎた。
「……流れが、外に向いている」
村に留まる流れが、薄い。
翌朝、ミナトは村人を集めた。
治療はしない。
針も使わない。
代わりに、こう言った。
「一つ、お願いがあります」
村人たちが、顔を見合わせる。
「この村で、一番時間のかかることをしてください」
「……は?」
「急がない仕事です」
木を削る。
網を繕う。
歌を教える。
意味は、ない。
効率も、悪い。
だが――
昼過ぎ、村の空気が変わった。
「……妙に、落ち着くな」
「若い頃を思い出す」
夕方、畑に立つ少年がいた。
町へ出たはずの若者だ。
「……帰ってきたのか」
少年は、照れたように言った。
「急ぐ理由が、なくなった」
それだけだった。
ミナトは、治療をしていない。
だが――
流れは、戻り始めていた。
リーシャが、夜に言う。
「……これ、治療師の仕事か?」
「はい」
ミナトは、焚き火を見つめた。
「留まれる場所を、作ることです」
翌朝、二人は村を出た。
「名前、聞かれなかったな」
「それでいい」
ミナトは、振り返らなかった。
治療師は、留まらない。
だが――
留まれる理由を、置いていく。
それが、
第2期の仕事だった。
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