第25話 世界は、完治しない
朝は、どこでも同じように来る。
薄い光。
冷たい空気。
鳥の声。
ミナトは、街道沿いの丘に立っていた。
眼下には、小さな村。
昨日まで滞在していた場所だ。
畑に出る者。
井戸で水を汲む者。
子どもを見送る者。
特別なことは、何もない。
「……治ったわけじゃないな」
リーシャが、隣で言った。
「はい」
ミナトは、頷いた。
「痛みも、疲れも、なくなってはいません」
「でも」
「ええ」
ミナトは、村を見下ろしたまま続ける。
「壊れていない」
それで、十分だった。
ここまで来るのに、
多くの提案を断った。
多くの期待を裏切った。
多くの不満を背負った。
世界を管理する話。
効率を最大化する話。
英雄になる話。
どれも、選ばなかった。
「……後悔は?」
リーシャが、何気なく聞く。
「ありません」
即答だった。
「治療師が後悔するときは、
壊したときです」
歩き出す。
次の町へ。
次の村へ。
どこへ行くかは、決めていない。
昼頃、街道で馬車とすれ違った。
「治療師さん!」
御者が声を張る。
「この先の村で、皆が休む日を作ったそうだ!」
ミナトは、足を止めない。
「それで?」
「文句も多いが……
倒れる者はいなくなった!」
それだけで、十分だった。
夕方、焚き火を起こす。
リーシャが、湯を沸かす。
「……結局、世界は変わったのか」
「少しだけ」
ミナトは、炎を見つめた。
「でも、それでいい」
世界は、一人の患者じゃない。
一度に治せるものでもない。
無理に戻せば、必ず壊れる。
「完治は、しません」
ミナトは、静かに言った。
「でも――
壊れないまま、生きることはできる」
夜が更ける。
遠くで、街の灯りが揺れている。
そこでは今も、回復魔法が使われ、
便利な生活が続いているだろう。
それでも、
立ち止まる選択肢は、残った。
ミナトは、思う。
治療師の仕事は、
奇跡を起こすことじゃない。
世界を元に戻すことでもない。
ただ――
壊れない線を、示し続けること。
焚き火が、静かに爆ぜた。
夜は、深い。
だが、流れは止まっていない。
流脈調律師カナデ・ミナトは、
今日もまた、
どこかで「何もしない」という治療を行っている。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




