第20話 治療しない選択
会議の翌朝、協会本部は静かだった。
人はいる。
業務も動いている。
だが、どこか張りつめた空気が残っている。
「……呼ばれてる」
リーシャが、短く言った。
案内されたのは、上階の小会議室。
昨日の円卓より、ずっと狭い。
待っていたのは、三人だった。
協会上級魔導師。
王権の使者。
そして――セリオス。
「単刀直入に言う」
王権の使者が、口を開いた。
「昨日の提案を、形を変えて出す」
ミナトは、黙って座った。
「世界規模の管理ではない。
“限定的な制御”だ」
書類が、机の上に置かれる。
「都市単位。
農地単位。
局所的に流れを安定させる」
ミナトは、紙に目を落とす。
理論は、筋が通っている。
現実的だ。
受け入れやすい。
「君の監修のもとで行う」
王権の使者は、続けた。
「責任は、こちらが持つ」
沈黙。
リーシャが、ミナトを見る。
――どうする。
ミナトは、ゆっくりと顔を上げた。
「……それでも、同じです」
「何がだ」
「治療ではない」
王権の使者が、眉をひそめる。
「管理です」
ミナトは、昨日と同じ言葉を繰り返した。
「範囲を区切っても、
流れを“操作する”以上、同じことです」
「だが、現実的だ」
「現実的だから、危険です」
その言葉に、室内が静まる。
「効率が良く、
成果が出て、
人は考えなくなる」
ミナトは、静かに続けた。
「自分で休む判断を、しなくなる」
セリオスが、初めて口を開いた。
「……君は、代案を出さないのか」
ミナトは、首を振った。
「出せません」
「無責任だと、言われるぞ」
「言われます」
即答だった。
「でも――」
ミナトは、少しだけ間を置いた。
「責任を引き受けられない治療は、やらない」
沈黙。
長く、重い沈黙。
やがて、上級魔導師が言った。
「……では、君は何をする」
ミナトは、答えた。
「診て、伝えて、
止めます」
「止める?」
「使いすぎている場所を。
無理をしている人を。
便利さに酔っている仕組みを」
王権の使者が、苦々しく言う。
「嫌われる役だな」
「はい」
ミナトは、否定しなかった。
「それが、治療師の仕事です」
その言葉に、セリオスが目を伏せた。
「……記録には、こう残す」
彼は、静かに言った。
「“流脈調律師は、治療をしない判断を行う者である”」
ミナトは、小さく息を吐いた。
それでいい。
それだけで、いい。
会議室を出ると、廊下の窓から光が差し込んでいた。
「……本当に、何も得なかったな」
リーシャが、苦笑する。
「いえ」
ミナトは、首を振った。
「失わなかった」
「何をだ」
「判断を」
それは、金にも、地位にも換えられない。
協会本部を出ると、街はいつも通りだった。
人は急ぎ、
魔法は使われ、
世界は、すぐには変わらない。
それでも――
「……行こう」
ミナトは、歩き出した。
治療師の仕事は、
世界を支配することではない。
壊れない線を、示し続けることだ。
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