第2話 回復魔法が効かない理由
治療が終わった直後、周囲の空気が目に見えて変わった。
ざわめき。
ひそひそ声。
そして――露骨な警戒。
「……今のは、何だ」
最初に口を開いたのは、ローブの青年――回復魔導師だった。
彼は治療を受けた男と、ミナトを交互に見比べている。まるで理解不能な手品でも見せられたかのような顔だ。
「魔法を使っていない。詠唱もない。なのに症状が軽減している」
青年は自分の指先を見つめ、ぎゅっと握りしめた。
「あり得ない」
ミナトは針を拭き、懐にしまいながら答えた。
「あり得ないのは、あなたの“前提”です」
空気が、一瞬で張りつめた。
「……何だと?」
「回復魔法は、外傷には強い。でも――」
ミナトは地面に座る男を指さした。
「この人には、切り傷も骨折もなかった。問題は、内側。
体の中を流れるものが、途中で詰まっていた」
「流れるもの?」
槍の女――リーシャが眉をひそめる。
「血のことか?」
「血だけじゃない」
ミナトは言葉を選んだ。
専門用語を並べても意味はない。ここでは、伝わる言葉だけで十分だ。
「生きて動くための“流れ”です。
それが滞ると、痛みや不調になる。魔法で傷を塞いでも、流れは戻らない」
回復魔導師の青年が鼻で笑った。
「そんな曖昧な話で、魔法を否定するつもりか?
流れだの、詰まりだの……証拠は?」
「証拠?」
ミナトは一瞬だけ考え、そしてリーシャを見た。
「あなた、息を吸うとき。胸が苦しくなるでしょう」
リーシャの目が、わずかに見開かれる。
「……なぜ、それを」
「さっきから、無意識に左肩を下げている。
呼吸を浅くしないと、胸の奥が痛むからだ」
リーシャは言葉を失った。
ミナトは続ける。
「それ、呪いじゃない。
長い間、無理を続けたせいで流れが途切れている」
回復魔導師の青年が苛立ったように声を荒げた。
「だから何だ! それを魔法以外でどう治す!」
「治さない」
即答だった。
「……は?」
「正確には、“戻す”」
ミナトは自分の胸に手を当てた。
「本来、流れるはずの場所に、流れるようにする。
私はそれを手伝うだけです」
沈黙が落ちた。
次の瞬間、低く重い声が割り込む。
「――戯言だな」
村の方角から、ひとりの男が歩いてきた。
白を基調とした法衣。胸元には銀の紋章。年齢は四十代半ば。目つきは鋭く、疲れ切っている。
「グラン医師……」
誰かが小声で名前を呼んだ。
男――グラン医師は、ミナトを値踏みするように見下ろした。
「私はこの村で二十年、回復魔法による治療を行ってきた。
呪い、病、怪我――治せなかった例は少ない」
ミナトは黙って聞いていた。
「だが、お前のような者は初めてだ。
理屈も理論もなく、人の体に針を刺す。危険極まりない」
「危険なのは――」
ミナトは静かに言った。
「“分からないものを、呪いで片づけること”です」
グラン医師の眉がぴくりと動いた。
「何だと?」
「リーシャの症状。あれを呪いと診断したのは、あなたでしょう」
リーシャがはっと息をのむ。
「……そうだ」
グラン医師は否定しなかった。
「回復魔法が効かない以上、そう判断するしかなかった」
「判断が早すぎる」
ミナトは一歩前に出た。
「効かない理由を考えなかった。
ただ、“魔法が効かない=呪い”と決めただけだ」
ざわめきが広がる。
グラン医師の声が低くなる。
「……貴様、私の治療を否定する気か」
「否定していません」
ミナトは視線を逸らさなかった。
「あなたの魔法は必要だ。
でも、それで治らないものもある。それだけです」
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
やがて、グラン医師が冷たく言い放つ。
「その話が本当だとしても――証明できなければ意味はない」
ミナトは少しだけ息を吐いた。
「……なら、証明しましょう」
リーシャが驚いたようにこちらを見る。
「私を使え」
「いや」
ミナトは首を振った。
「あなたは、まだ無理だ。
今は悪化させないことが最優先」
そう言って、周囲を見回す。
「この村には、回復魔法で治らない不調を抱えている人が、他にもいるはずです。
頭痛、不眠、原因不明のだるさ……」
数人が、思わず身じろぎした。
ミナトは静かに告げる。
「一人だけ、診せてください。
それで判断してもらって構いません」
グラン医師はしばらく黙り込み――やがて、短く言った。
「……いいだろう。ただし、結果次第では村から出ていってもらう」
「構いません」
即答だった。
リーシャが小さく呟く。
「……出ていくの?」
「必要なら」
ミナトは彼女を見た。
「でも、その前にやることがある」
――回復魔法が効かない理由を、
この世界に示す。
それが、自分がここに来た意味だと、
ミナトはもう疑っていなかった。
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