第18話 魔法文明の代償
その書庫は、地下にあった。
石段を下りるたび、空気が重くなる。
湿り気を含んだ冷気が、肌に張りついた。
「……こんな場所、初めて来た」
リーシャが小さく言う。
「協会の“使われていない記録”です」
案内役の老魔導師は、淡々と答えた。
「今の治療体系には、不要だと判断された」
ミナトは、足を止めた。
不要――
それは、忘れられたという意味だ。
棚に並ぶ書物は、どれも古い。
装丁は傷み、魔法的な保護も弱い。
だが、そこに書かれている内容は――重かった。
「……回復魔法は、元々“常用”じゃなかった」
ミナトが、静かに呟く。
ページには、かつての医療体系が記されていた。
・休養
・栄養
・環境の調整
・祈祷
・補助魔法
そして、最後に――回復魔法。
「最後の手段、か」
リーシャが、眉をひそめる。
「ええ」
ミナトは、ページをめくった。
「致命傷。
疫病。
大量の死が避けられない状況」
それを、覆すための力。
「……今とは、逆だな」
「はい」
老魔導師が、低く続けた。
「回復魔法が安定してから、文明は急速に変わった」
街が拡張され、
労働が増え、
休養は削られた。
「壊れても、治せばいい」
その思想が、少しずつ根を張った。
ミナトは、ページを閉じた。
「……回復前提の文明」
「便利だった」
老魔導師は、苦笑した。
「強かった。
早かった。
他国よりも、ずっと」
だから、止まれなかった。
「ここには、記録があります」
老魔導師は、さらに奥を指した。
「“最初の異変”についての」
埃を払われた一冊。
題名は、こうだった。
『流脈枯渇に関する初期報告』
ミナトの指が、止まる。
「……こんな昔から」
「兆候は、あった」
老魔導師は、静かに言った。
「だが、回復魔法で誤魔化せた」
結果、問題は先送りされた。
何世代も。
「……似ている」
ミナトは、ぽつりと呟いた。
「何に?」
「現代医療と」
リーシャが、少し驚いた顔をする。
「治せるから、無理をする。
戻れるから、削る」
ページの端に、走り書きがあった。
『流れは有限である。
だが、我々はそれを“無限であるかのように”扱っている』
ミナトは、深く息を吐いた。
「……これが、世界の病気だ」
老魔導師が、頷く。
「治療は、あった」
「でも、使われなかった」
沈黙。
長い時間をかけて積み上げた文明は、
その分だけ、止まり方を忘れていた。
書庫を出ると、外は夕暮れだった。
オレンジ色の光が、石畳を染めている。
「……どうする」
リーシャが、低く尋ねる。
ミナトは、空を見上げた。
「治す方法は、分かりました」
「本当か」
「はい」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「でも――
誰も、喜ばない方法です」
リーシャは、苦く笑った。
「それ、今まで全部そうだったな」
「ええ」
ミナトも、少しだけ笑った。
世界は、回復魔法で前に進んできた。
だからこそ、今さら後ろには戻れない。
だが――
「……戻らなくていい」
ミナトは、静かに言った。
「速度を、落とせばいい」
それは、革命でも、救済でもない。
ただの――
治療師の判断だった。
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