第17話 治せない土地
畑は、静かだった。
風は吹いている。
土も、乾ききってはいない。
空も、曇ってはいない。
それでも――作物が育たない。
「……今年で、三年目です」
農夫の男は、帽子を胸に抱えたまま言った。
「魔法も試しました。
土壌改良の術式も。
天候調整も……」
ミナトは、畝の間にしゃがみ込み、土に手を伸ばした。
湿り気。
温度。
問題は、ない。
だが――
「……軽すぎる」
土を握った感触に、違和感があった。
「軽い?」
リーシャが覗き込む。
「ええ。
支える力がない」
作物の根は、伸びている。
だが、どこかで止まっている。
引き抜いてみると、簡単に抜けた。
「根が……掴めていない」
農夫が、苦しそうに言う。
「呪いだと言われました。
土地に、何かいるんじゃないかって」
ミナトは、首を振った。
「違います」
ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。
畑。
その先の林。
小川。
どこにも、詰まりはない。
乱れもない。
――だが、戻らない。
「……これは」
ミナトは、言葉を選んだ。
「治せません」
リーシャが、驚いてこちらを見る。
「土地を?」
「はい」
ミナトは、はっきり言った。
「ここは、もう“戻る段階”を過ぎています」
農夫の顔が、青ざめる。
「じゃあ……終わりですか」
「いいえ」
ミナトは、すぐに否定した。
「終わりではありません。
ただ――治療ではない」
地面に、ゆっくりと手のひらを当てる。
流れは、確かに存在している。
だが、薄い。
長い時間をかけて、削られ続けた結果だ。
「ここは、長い間“取り続けて”きた土地です」
農夫が、俯く。
「……確かに。
休ませたことは、ありません」
魔法で肥やし、
術で天候を整え、
休む前に、次を植える。
便利さが、休養を奪った。
「……では、どうすれば」
ミナトは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「使わないでください」
その言葉に、農夫が息をのむ。
「この畑は、手放す」
「そ、そんな……!」
「一時的にです」
ミナトは、続けた。
「何も植えない。
何も取らない。
魔法も、使わない」
リーシャが、口を開く。
「……それで、戻るのか」
「分かりません」
正直な答えだった。
「でも、触り続ければ、確実に壊れます」
沈黙。
農夫は、長い時間、畑を見つめていた。
やがて、深く頭を下げる。
「……分かりました」
その決断は、重い。
作物を失う。
収入を失う。
不安を引き受ける。
だが、それでも――
「……誰かが、止めないといけなかった」
農夫の声は、震えていた。
その夜、宿でリーシャが言った。
「……治療師として、辛いな」
「ええ」
ミナトは、否定しなかった。
「治せないと、分かっていても」
「それでも、言うんだな」
「はい」
ミナトは、静かに答えた。
「壊れるよりは、ましです」
翌朝。
畑には、何も植えられていなかった。
空の畝。
静かな土。
それは、失敗の証でも、諦めでもない。
休養の始まりだった。
ミナトは、思った。
世界には、
治療が届かない場所がある。
だが、
触らないという選択だけは、
まだ残されている。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




