第14話 崩れる流れ
異変は、静かに広がった。
翌朝、協会支部に駆け込んできた魔導師の顔色は、明らかに悪かった。
「……増えている」
セリオスが短く言う。
「何がですか」
「衰弱者だ。
昨日まで軽症だった者が、一斉に悪化している」
ミナトは、嫌な予感を抱きながら立ち上がった。
診療室。
簡易ベッドが並び、そのほとんどが埋まっている。
呼吸が浅い者。
立てない者。
意識が朦朧としている者。
だが、共通点があった。
「……詰まりじゃない」
ミナトは、次々と触診しながら呟く。
「流れが――乱れている」
それも、個人ごとに違う乱れ方ではない。
同じ方向に引きずられている。
リーシャが、低く言った。
「街が……揺れてる」
揺れ、という表現は正確だった。
魔法炉の方向。
中心に向かって、見えない流れが加速している。
「……昨日の治療師の影響じゃない」
ミナトは、首を振った。
「引き金にはなった。
でも――原因は、もっと大きい」
そのとき、警鐘が鳴った。
都市中央区。
魔法炉制御塔。
「魔法炉の出力が、不安定になっています!」
魔導師の叫びが、廊下に響く。
「制御術式が、勝手に補正を――」
セリオスが、即座に判断した。
「過負荷だ」
ミナトの視線が、魔法炉の地図に落ちる。
「……都市が、限界を越えようとしている」
回復魔法。
強制的な流れの押し広げ。
それらが、都市全体の“呼吸”を乱した。
「止めれば、街が混乱する」
制御担当の魔導師が言う。
「止めなければ――」
ミナトが、静かに続けた。
「人が先に壊れます」
沈黙。
セリオスが、歯を食いしばる。
「……段階停止は、可能か」
「理論上は」
「やれ」
その瞬間、扉が開いた。
騎士団長ヴァルドだった。
「聞いたぞ。
街が、持たないと」
ミナトは、彼をまっすぐに見た。
「はい」
「止めるとどうなる」
「不便になります」
即答だった。
「照明が落ち、結界が弱まる。
物流が滞り、混乱が起きる」
「だが」
ヴァルドは、拳を握る。
「止めなければ」
「人が、戻れなくなる」
ヴァルドは、深く息を吐いた。
「……街を守るのは、俺の役目だ」
視線を上げる。
「人を壊して守る街に、意味はない」
その言葉に、リーシャがわずかに目を見開いた。
「……決断しますか」
「する」
ヴァルドは、はっきり言った。
「責任は、俺が取る」
セリオスが頷く。
「協会も、記録を残す。
これは――必要な失敗だ」
ミナトは、魔法炉を見上げた。
「失敗じゃありません」
低く、しかし確かな声で。
「治療です」
制御塔の鐘が鳴る。
段階停止、開始。
魔法炉の光が、わずかに落ちた。
その瞬間――
街全体を覆っていた張りつめた空気が、
ふっと、緩んだ。
診療室で、誰かが呟く。
「……息が、しやすい」
別の誰かが、胸を押さえる。
「……重くない」
混乱は、起きた。
灯りが消え、怒号が飛び、街道が詰まる。
だが同時に、
人々の体は、戻り始めていた。
リーシャが、ミナトの隣で言った。
「……これが、“街を休ませる”ってことか」
「はい」
ミナトは、静かに頷いた。
「まだ、始まりです」
都市〈アーク=レイン〉は、
初めて――深く息を吐いた。
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