第11話 流れを奪う街
翌朝、都市はいつも通り動いていた。
魔法灯が消え、街道に人が溢れ、商人たちが声を張り上げる。
昨日と何も変わらない光景。
――だからこそ、異常だった。
ミナトは、街を歩きながら足を止めた。
「……ここ」
工房街の一角。
鍛冶場の前で、男が腰に手を当てて立ち尽くしている。
「大丈夫ですか」
声をかけると、男は苦笑した。
「ああ、平気だ。
ちょっと立ちくらみがしただけでな」
平気だ、と言いながら呼吸は浅い。
肩が上がり、足元が不安定。
ミナトは、許可を得て手首に触れた。
――弱い。
だが、詰まりはない。
乱れも、ほとんどない。
「……流れてる。でも、減ってる」
「何だって?」
「いえ」
ミナトは手を離した。
「今日は、仕事を早めに切り上げてください」
男は目を丸くした。
「治療は?」
「必要ありません。
ただ――」
ミナトは、工房の奥を一瞥した。
「ここに、長く居すぎです」
男は首をかしげたが、深くは聞かなかった。
その後も、同じだった。
市場。
商業区。
居住区。
症状は似通っている。
慢性的な疲労。
集中力の低下。
眠りの浅さ。
どれも、個人の病としては弱すぎる。
だが、街全体で見れば――明確な傾向だった。
「……吸われてるな」
リーシャが、小さく呟いた。
「ええ」
ミナトは頷く。
「しかも、均一じゃない」
地図を広げ、印をつけていく。
魔法炉を中心に、同心円状。
近いほど、症状が重い。
「……街が、中心に向かって呼吸してる」
リーシャの表現に、ミナトは小さく頷いた。
「正確です」
都市は、生き物のように機能している。
人が集まり、流れが生まれ、それを支えるために――吸う。
「便利であるほど、削る」
ミナトは、地図を指でなぞった。
「魔法炉は悪くない。
でも、休みがない」
そこへ、協会支部の魔導師が近づいてきた。
「……診断は済んだのか」
「ええ」
ミナトは顔を上げた。
「この街は、長期的な過労状態です」
「過労……?」
「人も、土地も」
魔導師は眉をひそめる。
「だが、魔法炉を止めれば――」
「止めろとは言っていません」
ミナトは、静かに言った。
「休ませろと言っています」
沈黙。
「部分的に。
時間を決めて。
段階的に」
魔導師は、信じられないものを見るような顔をした。
「それは……都市機能の低下を意味する」
「はい」
「混乱が起きる」
「ええ」
ミナトは、否定しなかった。
「でも、このまま続ければ――
もっと大きな混乱が起きます」
魔導師は言葉を失った。
リーシャが、一歩前に出る。
「……村で見た」
静かな声だった。
「壊れる前は、誰も止まらない」
その夜、セリオスと短い報告会が開かれた。
「結論は変わらないか」
「変わりません」
ミナトは、地図を畳みながら答えた。
「この街は、流れを“使いすぎている”」
「治療法は」
ミナトは、一拍置いて答えた。
「強化ではありません」
セリオスの視線が、鋭くなる。
「……騎士団が、同じことを言うとは思えん」
「でしょうね」
ミナトは、苦く笑った。
「でも――
それ以外は、壊します」
そのとき、扉がノックされた。
入ってきたのは、騎士団の伝令だった。
「失礼します。
カナデ・ミナト殿」
ミナトが顔を上げる。
「騎士団長より、正式な依頼です」
伝令は、はっきりと言った。
「――“疲れない兵を作ってほしい”と」
リーシャの表情が、強張る。
ミナトは、ゆっくりと息を吐いた。
来るべきものが、来た。
治療か。
強化か。
それとも――拒否か。
都市は、答えを急いでいた。
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