第10話 都市は治っていない
都市〈アーク=レイン〉は、遠くから見れば完璧だった。
白い城壁。
整備された街道。
魔法灯が昼間でも淡く輝き、空気は澄んでいる。
「……都会だな」
リーシャが、小さく息を吐いた。
「ええ」
ミナトは頷きながらも、視線を上げなかった。
――近づくほど、重い。
門をくぐった瞬間、はっきりと分かった。
村では感じなかった圧迫感。
胸の奥を、じわりと押されるような感覚。
人は多い。
市場は賑わい、店先には客が並び、怒鳴り声すら活気に満ちている。
それなのに。
「顔色が悪いな」
リーシャの言葉は、的確だった。
すれ違う人々の目の下には影があり、歩調がわずかに重い。
子どもですら、落ち着きがない。
笑っているのに、息が浅い。
「病人、というほどじゃない」
ミナトが言った。
「でも、健康でもない」
それは、診療所に並ぶ患者の顔ではない。
“休めていない人間”の顔だった。
協会支部は、街の中心にあった。
白い石造りの建物。
出入りする魔導師たちは皆、忙しそうに書類を抱えている。
「また衰弱だ。次は商業区だって」
「回復魔法は効くが、翌日には戻る……」
聞こえてくる会話に、ミナトは足を止めた。
「……回復してるのに、戻る?」
「はい」
応えたのは、受付の女性だった。
疲れ切った笑顔。
「最近、そればかりです。
治療の依頼が減らないんです」
案内された部屋で、セリオスが待っていた。
「来てくれて助かる」
挨拶もそこそこに、彼は地図を広げる。
「衰弱が出ているのは、この辺り一帯だ」
商業区。
居住区。
工房街。
「共通点は?」
「都市の中心から、距離が近い」
ミナトは、地図を見つめた。
中心部――巨大な円。
魔法炉。
「……常時稼働ですか」
「止めたことがない」
セリオスは即答した。
「街の照明、水路、結界。
すべて、あれが支えている」
ミナトは、地図から視線を上げた。
「診せてください」
魔法炉は、想像以上だった。
巨大な結晶体が宙に浮かび、複数の魔法陣に囲まれている。
音はない。
だが、空気が張りつめている。
――吸っている。
ミナトは、思わず足を止めた。
「……これは」
リーシャが、不安そうに尋ねる。
「何だ」
「流れが、ここに集められてる」
近くにいた魔導師が、怪訝そうに眉をひそめた。
「当然だ。
魔力を集積しているのだから」
「魔力じゃない」
ミナトは、ゆっくりと首を振った。
「人の方です」
魔導師が、言葉を失う。
ミナトは、結晶体に近づいた。
触れはしない。
ただ、周囲の空気を感じる。
冷え。
張り。
そして――微かな“空白”。
「……奪っているわけじゃない」
セリオスが言う。
「意図的にはな」
「ええ」
ミナトは頷いた。
「でも、流れは“便利な方”へ集まる」
人が集まり、使い、頼る場所。
そこに、生命の流れも引き寄せられる。
「この街は……ずっと、張りつめたままです」
誰も反論しなかった。
「回復魔法が効くのに、戻る理由が分かりました」
ミナトは、結晶体から目を離さずに言った。
「治しているのに、削り続けている」
セリオスが、低く呟く。
「……都市そのものが、患者か」
「はい」
ミナトは、静かに答えた。
「しかも――慢性です」
外に出ると、夕方の喧騒が広がっていた。
人々は今日も働き、魔法炉は止まらない。
便利で、強くて、壊れにくい街。
その裏で、
誰にも気づかれず、
確実に流れが削られている。
リーシャが、ぽつりと言った。
「……治せるのか」
ミナトは、すぐには答えなかった。
都市を見渡し、深く息を吸う。
「治す、というより」
そして、静かに言った。
「休ませる必要があります」
その言葉は、
この街では――
最も嫌われる治療法だった。
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