ボッチの星に生まれて
「ポチ〜、野球行こうぜ〜」
「うん!」
クロはいつも遊びに誘ってくれる。いつも遊びに誘ってくれるのは、クロだけだ。
ここはネコの国。なんの手違いか、はたまた神のいたずらか。一匹だけ『ポチ』という名の犬が混じっているのだ。
「ポチってさあ、あいつ声ダミってて変じゃね?」
「な。キモユスww」
「わんわんってな。マジ意味不」
学校でこういう会話はザラだ。こっちにも聞こえているので、もはや陰口ですらない。チラ見する教師も黙ってホームルームを開始する。
ポチは「なぜ自分だけ犬なのだろう?」と考えることがしばしばあった。が、結論が出ることはない。自らを悩ませる議題は、己そのものを、存在を否定しかねないから──というところに、毎回行き着く。行き着いてしまう。
ので、考えるのをやめた。
というふうには、しかしできないのが感情。
犬の脳と視界は歪みつつ、今日も学校へと続く長いアスファルトの坂を歩き登るのであった。
「よう、ポチ。暗い顔してんな。どうした?」
「おはよう……クロ」
俯いたまま、ポチは応える。
「僕は、なぜ僕だけが犬であるかについて考えていたんだ」
聞き、見事な黒毛の友人は頷いた。ネコ耳をピンとさせて、
「そうだなあ……なるほど、ネコの中に犬が紛れ込んでいるのはおかしい。みんなネコ、君は犬」
ウンウンと唸るようにさらに首肯すれば、ゆらゆらと揺れる尻尾。
尻尾──これについても、悩ましいところがあった。ネコと犬の尻尾の揺れ方は大いに異なる。上機嫌なポチを見ると、周囲は「なんだアイツ、やにわに不機嫌になりやがって」と思うのである。
と、思い立ったようにアンテナのような白ヒゲをヒクヒクさせたクロは、言った。
「そうだ。君もネコの真似をすればいい」
「ネコの真似?」
「そう、ネコの真似だ」
聞き返した犬に、答える黒ネコ。
「鳴き声は『ニャー』一択だ。ついでに尻尾の振り方も変えるといい。全部ネコと一緒にするんだ」
なるほど、とポチは思った。
その日からポチは、努めてネコのように振る舞った。できる限りニャーと鳴くことにしたし、楽しいときも嬉しいときも尻尾を振るのを我慢した。
体育祭の季節だった。
ポチお得意の季節である。自分は走るのがすこぶる上手いと自負しているので、長距離走に立候補するのは当然の選択だった。
ここで活躍して、みんなに認めてもらおう。クラスの順位に貢献する──点数の稼ぎ手となるのだ。
ポチの瞳は生き生きとして、日々のランニングに勤しんだ。脳裏には、全校生徒の前でぶっちぎりで駆け抜ける自分の姿が想起された。
そして、体育祭当日。1500mの道のりを疾走したポチ。結果は思った通り、二位に著しい差を付けての快勝だった。
ポチは観覧席を振り向く。さぞや、みんなの関心が自分へと向けられていることだろう──と。
見えたのは、クラスメイトの冷笑だった。
「あいつ、イキってね?」
「そういや最近、俺たちの言葉真似しだしたよな」
「それな。『ワニャー、ワオワオニャー』って。キモ。あれテラ草生える」
「本気出して走って俺TUEEEってガチ勢か。片腹痛しンゴ」
「萎える〜」
「ダ↑ル↓イ↑ってぇ」
「やってんな」
「あざまる水産☆」
「そもそもあいつ犬やん。レベチやん。ネコと走らせちゃ、アンフェアやん」
「「「それな」」」
犬はもう尻尾を振らなかった。
目立つことはやめよう。自分を見せびらかすのもよそう。
犬は己を恥じた。馬鹿みたいに犬みたいに一生懸命走っていたのが、なんだか滑稽な芝居のように見えたのだ。天からの監視カメラが、己の醜態をバッチリ捉えていたのだ。
犬はトボトボと自席に戻って、あとは縮こまるばかりだった。
それからというもの、ポチが発言する機会はとんと無くなった。声を出すことが愚かで、勧められた行為でないという知識を会得したのである。
意識せずとも尻尾を振るのを抑えられるようにもなった。むしろ、尻尾の振り方をここのところ忘れてきている。以前、自分はどうやって尻尾を振れていたのだろう。もはや意識しようとピクリともしないそれは、常にうなだれたまま先端が地を向いていた。
クロ──あの黒ネコ──を呼ぼうとしたが、やめた。もう自分に彼は必要ではない。頭の中で創り上げた虚構の友達は、今の自分を慰める一手にもなりそうにないと悟った。
僕は僕の現実を生きなければならない。
理想とか、妄想とかに縋ることなく。
ポチは、アスファルトで舗装された坂道を登る。




