第4話『戦術って、武器になる?』
レンさんと話すようになって数日
「天才って、言われたことある?」
ファミレスの窓際。アイスティーのストローをくるくる回しながら、レンがふとそう訊いてきた。
「……小学生の頃は」
ユウトは答えながら、少しだけ自分を責めるように笑った。
「ドリブルで抜けて、点を取れば、すぐ“天才”って言われる。でも……今は誰も言わない」
「うん、でもね」
レンはスッと、自分のリュックからノートを取り出した。中はびっしりと手描きの図、選手名、矢印、数字。見ただけで何時間もかけた労作だとわかる。
「天才って、ちゃんと仕組みがあるんだよ」
「仕組み?」
「たとえば、ネイマールがどうやって間合いを取って、どのタイミングで仕掛けてるか。パスを受ける位置、身体の向き、相手の重心……それらを全部、“感覚”でやってるようで、“再現できるパターン”になってる。天才って、実は無意識のデータベースの塊なんだ」
ユウトは、しばらくその言葉を反芻した。
自分がうまくいっていた頃を思い出す。相手の動きが遅く見えた。空いたスペースが自然に見えた。考えなくてもボールが足についてきた。
でも、それが今はできない。なぜかが分からなかった。
「それって……学べるの?」
「もちろん。分析して、図解して、言語化して、自分で意味を持たせる。それが“理解する”ってことだから」
レンの目は熱を帯びていた。見た目は静かな青年だけれど、ノートとサッカーの話になると、火が灯ったようになる。
「ユウトくんは、“感覚”が鋭い。でも、それが信じられなくなる時がある。だったら、感覚を“理屈”で支えればいい。理屈を武器にすれば、感覚はもっと自由になる」
ユウトは、レンのノートを手に取った。
「このノート……見てもいい?」
「もちろん。というか、君用のノート、作ってみる?」
「……え?」
「君のドリブルのパターン、好きなプレー、得意な形。全部図にして言葉にしていく。それってすごく面白い作業なんだ」
ユウトは、ふっと笑った。久しぶりにサッカーの話をして、こんなふうに前向きな気持ちになれるなんて思ってもみなかった。
「やってみたいです」
その言葉が出たとき、自分の中で何かがまた動き出したのを感じた。
「よし、じゃあ今度は動画を見よう。一緒にプレーを止めて、“なんでそうなったか”を一緒に考える。ドリブルでも、パスでも、シュートでも。“正解”はひとつじゃない。でも、考えることには意味がある」
「戦術って、なんか難しそうって思ってたけど……“武器になる”んですね」
「なるよ。間違いなく」
レンの口元が少し緩んだ。
外はもう夕方。フットサル場の照明が街の屋根を照らし始めていた。
「それ、教科書とかないんですか?」
「あるけど、高校生向けってのはほぼない。だから……一緒に作ろう。君の頭と足に合う、オリジナルの教科書を」
ユウトはその言葉に、思わず背筋が伸びるような感覚を覚えた。
“教わる”んじゃない。“自分で理解する”んだ。
それなら、自分にもまだ可能性があるかもしれない。
その日、帰りの電車の中でもユウトはずっとレンのノートのことを考えていた。
天才だった自分を、もう一度つくりなおす。
そんな挑戦が、少しだけ楽しみになっていた。