表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/23

第3話『ひとりフットサル』

その日、ユウトは目覚ましもかけずに、遅くまで寝ていた。

ベッドの中でスマホを眺めていたが、SNSを開く気にもなれない。サッカー部の仲間の投稿を見ると、どこか胸がチクッとした。


午後、ようやく着替えて外に出た。


「……暇だな」


どこに行くでもなく、制服じゃない私服のまま、知らない道を歩いた。

電車で二駅ほどの街。スタバの横にある小さな路地。そこに、ビルの屋上に張り出すようにしてつくられたフットサル場があった。


鉄骨のフェンスに囲まれたその空間には、思いがけず人がいた。

男性ばかり。20代から40代くらいだろうか。年齢も体格もバラバラなのに、楽しげにプレーしている。


ボールが転がり、パスが回る。

スライディングも激しい当たりもない。

だけど、どのプレーも“何かを見て”“考えて”動いているのがわかる。


——ここ、空いてるのに出さないのか。

——あ、これ次の動きが読まれてるな。


ふと、そう感じてしまう自分がいた。


プレーのレベルは高くない。トラップが浮いたり、パスがズレたりもする。

けど、「それでも形にしてくる」のが、面白い。


「考えてやってるな……」


自然と、柵の外からそのゲームを見入っていた。



「見るだけ?」


声をかけられた。

隣に、いつの間にか少年のような雰囲気の青年が立っていた。


目元が涼しく、細身で、どこか“文化系”の印象すらある。

胸元には「STAFF」と書かれた名札。


「あ……はい。見てるだけです」


「気になるプレーあった?」


「……はい。なんか、派手じゃないけど、動きが読めるっていうか。考えてやってる感じがして」


「おっ、それ分かるんだ。目、いいね」


その青年は、フットサルコートの脇にある小さなベンチに座り、タブレットを開いた。画面には、コートの俯瞰図といくつもの矢印。


「分析してるんですか?」


「うん。趣味でね。あ、オレ、レンって言う」


「ユウトです」


握手の代わりに、軽く会釈を交わした。


レンは言う。


「ここ、個人参加型のフットサルでさ。だいたい決まったメンバーが毎週集まって、軽くゲームしてる。でも、その中にも“ルール”とか“意図”が見えてくる。たとえば——」


レンはスラスラと話しながら、画面に矢印を引いた。


「さっきの場面、この人が下がると、相手も釣られる。で、空いたスペースに逆サイドから走り込むっていう形。意図がわかると、動きも違って見えるよ」


ユウトは思わず画面をのぞきこんだ。


「サッカーでも……同じですか?」


「うん、同じ。いや、むしろサッカーの方が複雑で、もっと面白い」



日が傾き始め、ゲームが終わると、プレイヤーたちは挨拶して帰っていった。


ユウトはまだその場を離れられずにいた。

こんなにじっくり、誰かのサッカーを“観て”面白いと思ったのは初めてだった。


「レンさん、なんでそんなに詳しいんですか?」


「オレ、もともと選手だったけど、ケガで引退してさ。今は高校のサッカー部でマネージャーしてる。まあ、分析オタクってやつ」


ユウトは口を閉じて、少し考えた。


自分は“天才”だった。でも、もう通用しない。

でも、こんなふうに“考えるサッカー”があるなら——


「また来ていいですか?」


「もちろん。てか、今度プレーしてみたら?」


レンは笑った。その笑顔は、どこか救いのあるものだった。


ユウトは頷いた。


サッカーを“やる”ことから、“考える”ことへ。

その先に、もう一度“好きになる”何かがあるような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ