第3話『ひとりフットサル』
その日、ユウトは目覚ましもかけずに、遅くまで寝ていた。
ベッドの中でスマホを眺めていたが、SNSを開く気にもなれない。サッカー部の仲間の投稿を見ると、どこか胸がチクッとした。
午後、ようやく着替えて外に出た。
「……暇だな」
どこに行くでもなく、制服じゃない私服のまま、知らない道を歩いた。
電車で二駅ほどの街。スタバの横にある小さな路地。そこに、ビルの屋上に張り出すようにしてつくられたフットサル場があった。
鉄骨のフェンスに囲まれたその空間には、思いがけず人がいた。
男性ばかり。20代から40代くらいだろうか。年齢も体格もバラバラなのに、楽しげにプレーしている。
ボールが転がり、パスが回る。
スライディングも激しい当たりもない。
だけど、どのプレーも“何かを見て”“考えて”動いているのがわかる。
——ここ、空いてるのに出さないのか。
——あ、これ次の動きが読まれてるな。
ふと、そう感じてしまう自分がいた。
プレーのレベルは高くない。トラップが浮いたり、パスがズレたりもする。
けど、「それでも形にしてくる」のが、面白い。
「考えてやってるな……」
自然と、柵の外からそのゲームを見入っていた。
◇
「見るだけ?」
声をかけられた。
隣に、いつの間にか少年のような雰囲気の青年が立っていた。
目元が涼しく、細身で、どこか“文化系”の印象すらある。
胸元には「STAFF」と書かれた名札。
「あ……はい。見てるだけです」
「気になるプレーあった?」
「……はい。なんか、派手じゃないけど、動きが読めるっていうか。考えてやってる感じがして」
「おっ、それ分かるんだ。目、いいね」
その青年は、フットサルコートの脇にある小さなベンチに座り、タブレットを開いた。画面には、コートの俯瞰図といくつもの矢印。
「分析してるんですか?」
「うん。趣味でね。あ、オレ、レンって言う」
「ユウトです」
握手の代わりに、軽く会釈を交わした。
レンは言う。
「ここ、個人参加型のフットサルでさ。だいたい決まったメンバーが毎週集まって、軽くゲームしてる。でも、その中にも“ルール”とか“意図”が見えてくる。たとえば——」
レンはスラスラと話しながら、画面に矢印を引いた。
「さっきの場面、この人が下がると、相手も釣られる。で、空いたスペースに逆サイドから走り込むっていう形。意図がわかると、動きも違って見えるよ」
ユウトは思わず画面をのぞきこんだ。
「サッカーでも……同じですか?」
「うん、同じ。いや、むしろサッカーの方が複雑で、もっと面白い」
◇
日が傾き始め、ゲームが終わると、プレイヤーたちは挨拶して帰っていった。
ユウトはまだその場を離れられずにいた。
こんなにじっくり、誰かのサッカーを“観て”面白いと思ったのは初めてだった。
「レンさん、なんでそんなに詳しいんですか?」
「オレ、もともと選手だったけど、ケガで引退してさ。今は高校のサッカー部でマネージャーしてる。まあ、分析オタクってやつ」
ユウトは口を閉じて、少し考えた。
自分は“天才”だった。でも、もう通用しない。
でも、こんなふうに“考えるサッカー”があるなら——
「また来ていいですか?」
「もちろん。てか、今度プレーしてみたら?」
レンは笑った。その笑顔は、どこか救いのあるものだった。
ユウトは頷いた。
サッカーを“やる”ことから、“考える”ことへ。
その先に、もう一度“好きになる”何かがあるような気がした。