第23話『さよなら、先生』
試合終了のホイッスルが鳴り響いた瞬間、清嶺高校の選手たちは一斉に両手を天に突き上げた。
「やったああああ!!」
歓喜の輪の中で、ただ一人、ユウトはその場にしゃがみ込んでいた。歓声も祝福も、遠くに感じる。ただ、芝生の匂いと、自分の鼓動だけが鮮明だった。
「……やっと、並べた」
その小さな呟きは、誰にも届かない。
彼の視線の先には、ベンチで静かに立ち尽くす、一人の男がいた。
――レン。
龍華高校の指揮官にして、かつての“先生”。戦術を教え、視野を与え、ユウトのサッカーの「意味」を見出した人。
清嶺高校、インターハイ予選・優勝。
地元でも屈指の激戦区を勝ち抜き、全国の舞台への切符を手にした。
歓喜の控え室。タケルが肩を組んできて「ユウト、お前ヤバかったって! あのノールック、どこに目ついてんだよ!」と叫ぶ。チームメイトたちも笑いながら輪に加わる。
だが、ユウトはそっとジャージを羽織ると、無言で部屋を出た。
廊下の先――その場所で、レンは立っていた。
目が合った瞬間、ユウトは立ち止まる。
レンは穏やかに言った。
「やられたよ。……君はもう、僕の手の中にいない」
ユウトは苦笑を浮かべて答える。
「俺のサッカーは、あなたから始まった。あなたに“理由”があるって言われて、初めて自分を信じられた」
「……でも?」
「でも、今日は“理由がない”からこそ生まれたプレーで勝てた気がしてます」
しばしの沈黙のあと、レンは手を差し出した。
「これからは、同じ目線で君の答えを見せてくれ」
ユウトは力強く、その手を握った。
静かな、けれど確かな、別れと始まりの握手だった。
翌朝。地元紙の一面には、大きな見出しが躍っていた。
《清嶺、戦術王国・龍華を撃破》
“知将レンの城を崩したのは、清嶺の10番・早川ユウト。そのプレーは、まるで『呼吸を読む魔術師』のようだった”
放課後。例のファミレスの窓際席に、ユウトとレンが並んで座っていた。
「ほんとに、面白い試合でしたね」とユウトが笑う。
「うん。これ以上ないくらい完璧な“裏切られ方”だった」とレンも笑う。
「……サッカーって、面白いっすね」
ジュースのグラスがカチンとぶつかる音が、夕暮れの光に溶けていった。




