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第2話『ベンチの視点』

春。

高校のグラウンドに、新しい風が吹く。


県立・清嶺せいれい高校サッカー部。

名門ではないが、県大会ベスト8常連。真面目で熱心な指導が売りの公立校で、部員数は60人近い。


「おーい、一年は円になれーっ! 今日は1対1、ガチでいくぞ!」


声を張るのは、3年キャプテン。

ユウトはその輪の中、どこか浮かない表情で立っていた。


——高校では、変わる。

そう思ってた。中学までのしがらみを捨てて、自分を“もう一度証明”したかった。


でも現実は甘くなかった。

同期のエース候補・田中タケルは、早くも監督のお気に入り。身長は180cmを超え、スピードもあってパワーもある。性格も明るく、皆の中心だった。


ユウトはというと、小柄なまま。中学の終盤でようやく筋トレを始めたが、体づくりはまだ追いついていない。

「うまいけど、軽いよな」

そんな声が、背中を押すどころか、沈ませる。



5月の練習試合。

相手は格上の私立・南京なんきょう高校。人数の多さから、1年生はサブチームとして後半に数分だけ出場。


「FW、早川!」


ユウトに順番が回ってきた。

久々の実戦。心臓が速く脈打つ。


ピッチに立つと、風景が変わる。地面の匂い、ボールの重さ、相手のプレッシャー。

ボールを受けて、前を向いた。


——抜ける。


そう思って仕掛けたドリブル。


しかし、次の瞬間には奪われていた。


「判断が遅い!」


ベンチから飛んだのは、監督の怒号。

その後のプレーも、決めきれないシュート、つながらないパス。


数分後、交代を告げられたユウトは、ピッチを下がると静かにベンチに腰を下ろした。



後半30分。スコアは0-1。

タケルがピッチに入り、すぐにゴール前で競り勝ち、クロスを上げる。


——あれ、決めたら完璧だけど。


味方のヘディングは枠の外。ユウトは思わず呟く。


「逆サイド、空いてたのに」


「……その視点、忘れるな」


ふいに聞こえた声に、顔を上げると、監督が横に立っていた。

ベンチに座るユウトに、真正面から目を合わせてくる。


「お前は昔、ドリブルで何でもできるって思ってただろう。でも、今は違う。フィジカルも、スピードも、追いつかれた。違う武器を持て」


ユウトは言葉を失った。


監督は続ける。


「それでもピッチで“見える”ものがあるなら、それは価値だ。お前が今、試合をどう見てるか、俺は知ってる。無駄にするなよ」


——視点。


確かに。今の自分には、“プレーする視点”じゃなく“見ている視点”がある。

出られない悔しさの中、ずっと見てきた。

味方がどう動き、どこで詰まり、何が足りないのか。


昔のユウトは、それを考えることすらしなかった。

ただ、ボールを持って、抜いて、ゴールに向かう。それだけだった。



試合後。ユウトは荷物を抱えて、夕暮れのグラウンドを歩く。


視界の端に、タケルが見えた。

スタメンで、結果も出して、笑顔でチームメイトと話してる。


少しだけ、羨ましい。

でも、少しだけ、前を向ける気がした。


“天才”じゃなくなった今の自分に、何ができるか。

ベンチから見える景色から、もう一度、何かを始めてみたい。


そんなことを、ぼんやり思いながら、ユウトは空を見上げた。

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