第17話『風向きが変わる瞬間』
湿度を含んだ風がピッチを横切る。空は重たく曇り、空気もどこか張り詰めていた。
ユウトたち清嶺高校は、全国常連・北条学園との公式戦二回戦に臨んでいた。前半はまさに圧倒された。相手は強くて速い。前線からのプレッシャーは苛烈で、ボールを持つたびに身体をぶつけられ、余裕などまるでなかった。
0−1で折り返したハーフタイム。ロッカールームには疲弊と沈黙が漂っていた。だが、ユウトは頭の中で冷静に“整理”していた。
「……左だ」
ポツリとつぶやいた言葉に、仲間たちの視線が向く。
「相手のプレスは鋭い。でも、右から来ることが多いんだ。左サイドのカバーに少し遅れがある。たぶん、攻撃の比重が右に偏ってる」
「じゃあ……左に展開していけば、崩せるってことか?」とタケルが反応した。
ユウトはうなずいた。「うん。相手のボランチが前に出てきたタイミングを狙って、サイドを変える。それが刺されば――風向きが変わる」
後半が始まった。
ユウトは指先まで神経を研ぎ澄ませ、相手の動きと配置を観察した。思った通り、相手の守備の重心は右に寄っていた。中盤の選手がボールサイドに釣られてスライドすると、逆サイドが空く。
「今だ」
味方からのリターンを受け、ユウトは左サイドへ素早くロングパスを展開。鋭いボールが一直線に走ると、待っていた味方のサイドバックが一気にオーバーラップしてクロスを上げた。
逆サイドに絞っていたタケルが飛び込む。DFよりも一歩早くニアへ入り込み、右足で合わせた。
ゴール!
観客席から歓声が上がった。スコアは1−1。完全に劣勢だった流れに、少しずつ変化が生まれていく。
相手は焦り始めた。プレスはさらに激しくなったが、ユウトは“間”でかわした。
一拍、溜める。
ほんの一瞬、パスを遅らせるだけで、相手の動きがズレる。それがユウトにとって“呼吸”のような武器だった。
後半30分。中央でボールを持ったユウトは、わざと背中を相手に向けてトラップする。相手が飛び込んでくる――そこで、ワンタッチでかわし、逆サイドへラストパス。
走り込んだMFが冷静にゴール右へ蹴り込む。
逆転。2−1。
ベンチから歓喜の声が上がり、監督も思わず拳を握る。
試合終了の笛が鳴ったとき、ユウトはベンチから駆け寄ってくる仲間たちに囲まれていた。
「マジで助かったわ、ユウト!」「あの視野どうなってんだよ!」
タケルが笑いながら肩を叩く。「お前、ピッチの風まで読んでんのかよ」
その様子を見ていた監督が、ぽつりとつぶやいた。
「……こいつがいれば、どんな相手にも勝てる気がするな」
ユウトはその言葉に驚いたように振り返る。そして、ほんの少しだけ、照れくさそうに笑った。
試合の風向きは、確かにユウトが変えた。
だが――彼の成長は、まだほんの序章に過ぎない。