第15話『読み勝つ男』
人工芝のグラウンドを叩くスパイクの音が、リズムを刻むように響いていた。今日は他校との練習試合。相手は県内屈指の戦術型チーム、強豪・清峯高校。技術よりも“判断”が問われる相手だ。
「おい、あの七番……あいつ、前よりずっとやっかいになってるぞ」
清峯のキャプテンが小声で仲間に言う。ピッチ中央を駆けるユウトは、その言葉を聞いたわけでもないのに、どこか笑みを浮かべていた。
彼は読んでいた。いや、読みに勝っていた。
試合開始から20分。ユウトは“あえてズラす”プレーを繰り返していた。
パスが来ると見せかけて足を止める。
フェイントを入れると見せて、何もせずトラップ。
仲間にパスを出すかと思えば、自分で持ち運ぶ。
「読めない」──それが、相手チームの共通認識になり始めていた。
ユウトの頭の中には、常に“相手の読み”があった。彼が勝っていたのは、スピードでも、パワーでもない。“思考の一手先”だった。
そして前半35分、ついにその“読み”が実を結ぶ。
相手MFが中盤でボールを持つ。周囲の選手が動き出す。ユウトは一瞬だけ目を閉じ、相手の足の向き、視線、肩の動き――すべてを一手の「意図」として捉えた。
「次のパス、あそこだ」
直感ではない。予測でもない。“確信”だった。
パスが出る瞬間、ユウトは一歩、先に動いていた。
まるで自分が出したパスであるかのように、その軌道に入り、インターセプト。
そこから数秒――ユウトの右前に味方FWのタケルが走っていた。
「行け!」
声と同時に送り出されたラストパスは、まるで指で弾いたような鋭いスルー。
タケルが受け、ワンタッチでゴール右隅へと流し込む。
ゴール!
観客がどよめいた。だが、驚きの声の多くは、ゴールを決めたタケルではなく――
「誰だ、あの七番?」
「え、今のカットからアシストまでやったの?」
「2年?あんな奴いたか?」
“地味だった背番号7番”は、この試合で突然スポットライトを浴びた。
ベンチでは監督が静かに頷いた。
「……ようやく、試合を“読める”ようになってきたな」
ピッチ上、ユウトはその声を聞かず、指を立てて味方に合図を送り続けていた。
「もっと左! 相手、中央が重い!」
チームの誰よりも声を出し、誰よりも周囲を動かし、まるで“監督が中に入ったような”支配感。
ユウトの読みは、プレーを止めるものではない。読みながら、流れを変え、未来を創る。
後半も終盤に差しかかり、相手チームの司令塔が首をかしげながら呟く。
「前は……あいつ、止められてたんだよな。何で今、あんなに読めないんだ……」
それは、まさにユウトが目指した進化の証だった。
読みを制する者が、試合を制する。
「“今のユウト”は、もう誰も読めない」
そう呟いたのは、サイドで試合を見ていたレンだった。観戦に来ていた他校のマネージャー。ノートを閉じ、彼は笑った。
「ピッチの上の監督、って呼ばれる日も近いかもね」