第11話『“普通”の武器』
春の風が、グラウンドに砂埃を巻き上げていた。
練習後、ユウトはボール拾いを終え、ゴールポストにもたれかかって水を飲んでいた。
その隣に、タケルが無造作に腰を下ろす。
「お前、最近さ……なんか地味にイヤなプレーしてくるな」
「え?」
タケルは笑っていない。真顔だった。
「前までのユウトは“分かりやすい天才”だった。スピードで抜く、テクで魅せる。けど今は……消えたと思ったら急に現れて、いつの間にか点に絡んでる」
ユウトは、軽く肩をすくめた。
「それ、褒めてる?」
「もちろん。俺、お前とやるのけっこう面倒くさい」
からかうような口調だったが、そこに込められた“敬意”を、ユウトは感じ取っていた。
◇
風呂場でシャツを脱ぐと、肩に擦り傷ができていた。
今日のミニゲームで、味方のミスをカバーするために無理な体勢で滑り込んだのを思い出す。
(昔の俺なら、絶対こんなプレーしなかったな……)
ひとつのゴールに夢中だった少年時代。華やかなプレーにばかり目を向けていた。
でも今は、誰かの穴を埋める守備も、前線からの戻りも、当たり前のようにやっている。
「地味にいやらしいプレーか……」
ぽつりとつぶやいて、ユウトは湯船につかった。
◇
翌日の練習。ユウトは“ゲームの間”をつくることを意識した。
ボールを持たなくても、ポジションを一歩だけズラして味方をフリーにする。
味方のトラップが乱れそうになれば、受け手に回ってフォローに入る。
ミスをした味方にも、責める言葉はかけない。ただ、次の瞬間には“どうカバーするか”を考えていた。
ふと横を見ると、控えの同級生の1人が言っていた。
「……ユウトのプレーってなんか見てると安心するよな」
それは、点を決める派手さでも、華麗なドリブルでもない。
「誰かがいてくれる」という信頼感。
気づけば、ユウトは“ただのうまい選手”じゃなく、“チームを整える選手”になっていた。
◇
練習終わり。荷物をまとめて帰ろうとしたとき、タケルが背中越しに言った。
「お前、天才じゃなくなったこと、悔しくねぇの?」
ユウトは少しだけ間をおいて、振り返らずに答えた。
「……昔は悔しかった。でも今は、ちょっと誇らしいかな。俺、考えて動けるようになったから」
「はん。らしくねーこと言うな」
タケルはそう言って笑ったが、その目にはどこか羨望が混じっていた。
“天才じゃないからこそ手に入れた視点”。
それは、努力でしかたどり着けない場所だった。
ユウトは静かに思う。
──“普通の武器”でも、磨けば光る。
自分にしかない強さが、いま確かに育ってきている。