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第10話『ベンチの声』

朝から妙に落ち着かない気持ちだった。

今日は公式戦。ユウトはベンチスタート。ピッチに立つことは期待していなかったが、それでも心がざわついていた。


「おー、ユウト。いたいた」


試合前、スタンドの隅から聞き慣れた声がした。私服姿のレンが手を振っている。


「来たんですか?」


「そりゃあね。お前が“変わった”って話、聞いたからさ」


レンはベンチのすぐそばの観客席に座り、ペットボトルを口にしながら、のんびりとした様子でピッチを見つめた。



前半が始まった。

相手は格下とされる公立高だが、前線のスピードが速く、こちらのサイドバックが押し込まれていた。


「おい、流れ悪くないか……」


ユウトはベンチで立ち上がり、ピッチ全体を見るように心がけた。

レンが隣から言う。


「ここのサイド、孤立してる。なにが足りない?」


「……セカンド拾える選手がいない。中盤が一枚、外に寄ればマイボールにできるかも」


「正解。しかも、相手は前への意識が強いから、そこ突けば一気に裏も取れる」


レンの目は、相変わらず俯瞰していた。ユウトはその解説に、思わず頷いた。



前半終了間際、ベンチの前に監督がやってきた。

声を潜めて、ユウトに訊く。


「早川。あそこ、どう修正する?」


ユウトはすぐに答えた。


「中盤の右を少し上げて、相手のボールサイドにスライドさせます。CBの位置も5メートルほど前に。守備の距離を詰めて、奪いどころを明確にすれば変わるはずです」


監督は一瞬目を細め、軽く頷いた。


「……よし。後半、15分から行け。中盤の右で入れ。お前の声が鍵だ」



後半、ユウトはピッチに立った。


足元にボールが来た瞬間、相手が詰めてきた。だが、少し体を入れてブロックし、落ち着いて味方へつなぐ。次のプレーで前線に走り、スペースをつくる。


レンが言っていた通り、“動きの意味”を考えながらプレーすると、視界が広がる。


──崩すための配置。味方が動きやすいタイミング。相手の嫌がるエリア。


やがて、ユウトが中盤でボールを受け、斜め後ろに落とした瞬間、タケルが前へ走り出した。

そのまま先制点。チームが湧いた。


「ナイス、ユウト!」


ベンチからも声が飛んだ。監督が静かに頷いたのが見えた。



試合後、ユウトは片付けをしながら、ベンチで見ていた時間を思い返していた。


「出てない時間でも、サッカーはできるんだな……」


誰かのプレーをただ見るだけじゃない。

“どう動くべきか”を考え続けることで、ピッチに立った瞬間に差が出せる。


レンが近づいてきた。


「どうだった? ベンチから見たサッカーは」


「面白かったです。……なんか、試合が“読めた”気がしました」


「それ、いちばん大事。才能だけで試合に出てた頃には気づかない視点。お前、もう一段階、進んだな」


ユウトは小さく笑った。

天才だった頃の自分が知らなかった世界が、いま少しずつ開けていく。

“考えること”が、自分の武器になり始めている——そんな実感があった。


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