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第1話『天才って呼ばれてた』

「はやっ……!」


「また抜いた! ユウト、行けーっ!」


歓声が響く中、ひとりの少年が駆ける。

小さな体をしならせて、相手DFを一瞬で抜き去る。右足のアウトでボールをチョンとずらし、次の瞬間、左足のインで角度をつける。


そして——シュート。


ゴールネットが揺れると、スタンドの父母たちが一斉に沸き立った。

得点したのは、小学6年・早川ユウト。県大会決勝の舞台で、ハットトリック。大会得点王にしてMVP。少年の名は、地元紙に大きく載った。


「天才FW現る! 小さな10番、全国へ!」



それから3年が経った。

今、ユウトは中学3年の秋、最後の公式戦を目前にしていた。


「……なあ、次の試合、おれ出られんのかな」


「さあな。まあ、タケルは外さないだろうな」


部室での会話に、ユウトの名前は出てこない。


かつて“天才”と呼ばれた少年は、今や“ただの一人”に過ぎなかった。

チームのスタメンは固定されつつあり、ユウトはサブに甘んじていた。


——あの頃は、全部できた。

——ドリブルも、パスも、ゴールも。

——でも今は、何も通用しない。


中学に上がったころ、周囲の成長が加速し始めた。

身長、体格、スピード。

ユウトだけが取り残されるように、背も伸びず、フィジカルで押し込まれる場面が増えた。


「早川って、もっとすごくなかったっけ?」

「小学生の時はやばかったらしいな」

「今は、まあ……普通?」


——ああ、これが「落ち目」ってやつか。


その日は土曜の午後だった。放課後、ユウトはひとり、学校裏の空きグラウンドでボールを蹴っていた。

地面は荒れて、ラインも引かれていない。昔、近所の子どもたちとよく遊んでいた場所だ。


ドリブルの感覚は、まだ足に残っている。

でも、何かが足りない。いや、何かが変わってしまった。


「……あの頃のほうが、楽しかったな」


ボールが、足元を離れた。

弾んで、草むらに転がる。


ふと、スマホが振動した。

開くと、3年前の記事が“思い出”として通知に上がっていた。


『天才FW・早川ユウト、魅せたハットトリック!』


懐かしい笑顔の写真が載っていた。

大きなメダルを首にかけて、眩しいくらいに輝いていた自分。


「……誰だよ、これ」


呟いた声は、誰にも届かない。


ふと見上げた空は高く、秋風が肌をかすめていった。

その風に吹かれても、ボールはただ、転がったままだった。


——オレは、サッカーが好きだった。

——でも、それだけじゃ勝てなくなった。


天才だった過去が、皮肉にも今の自分を苦しめる。

“昔のオレ”に、オレが負けそうになる。


もう一度、立ち上がれるのか?

それとも、このまま過去の思い出にすがって生きるのか?


ユウトは、ボールを拾いに歩き出した。

草むらの中に、それでも確かにある、自分のボールを。


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