第1話『天才って呼ばれてた』
「はやっ……!」
「また抜いた! ユウト、行けーっ!」
歓声が響く中、ひとりの少年が駆ける。
小さな体をしならせて、相手DFを一瞬で抜き去る。右足のアウトでボールをチョンとずらし、次の瞬間、左足のインで角度をつける。
そして——シュート。
ゴールネットが揺れると、スタンドの父母たちが一斉に沸き立った。
得点したのは、小学6年・早川ユウト。県大会決勝の舞台で、ハットトリック。大会得点王にしてMVP。少年の名は、地元紙に大きく載った。
「天才FW現る! 小さな10番、全国へ!」
◇
それから3年が経った。
今、ユウトは中学3年の秋、最後の公式戦を目前にしていた。
「……なあ、次の試合、おれ出られんのかな」
「さあな。まあ、タケルは外さないだろうな」
部室での会話に、ユウトの名前は出てこない。
かつて“天才”と呼ばれた少年は、今や“ただの一人”に過ぎなかった。
チームのスタメンは固定されつつあり、ユウトはサブに甘んじていた。
——あの頃は、全部できた。
——ドリブルも、パスも、ゴールも。
——でも今は、何も通用しない。
中学に上がったころ、周囲の成長が加速し始めた。
身長、体格、スピード。
ユウトだけが取り残されるように、背も伸びず、フィジカルで押し込まれる場面が増えた。
「早川って、もっとすごくなかったっけ?」
「小学生の時はやばかったらしいな」
「今は、まあ……普通?」
——ああ、これが「落ち目」ってやつか。
その日は土曜の午後だった。放課後、ユウトはひとり、学校裏の空きグラウンドでボールを蹴っていた。
地面は荒れて、ラインも引かれていない。昔、近所の子どもたちとよく遊んでいた場所だ。
ドリブルの感覚は、まだ足に残っている。
でも、何かが足りない。いや、何かが変わってしまった。
「……あの頃のほうが、楽しかったな」
ボールが、足元を離れた。
弾んで、草むらに転がる。
ふと、スマホが振動した。
開くと、3年前の記事が“思い出”として通知に上がっていた。
『天才FW・早川ユウト、魅せたハットトリック!』
懐かしい笑顔の写真が載っていた。
大きなメダルを首にかけて、眩しいくらいに輝いていた自分。
「……誰だよ、これ」
呟いた声は、誰にも届かない。
ふと見上げた空は高く、秋風が肌をかすめていった。
その風に吹かれても、ボールはただ、転がったままだった。
——オレは、サッカーが好きだった。
——でも、それだけじゃ勝てなくなった。
天才だった過去が、皮肉にも今の自分を苦しめる。
“昔のオレ”に、オレが負けそうになる。
もう一度、立ち上がれるのか?
それとも、このまま過去の思い出にすがって生きるのか?
ユウトは、ボールを拾いに歩き出した。
草むらの中に、それでも確かにある、自分のボールを。