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天翔の星  作者: 嵯峨野遼
第2章 天翔専門学校1年生
7/140

7:入学式

 入学式当日の朝。空はどこまでも澄み渡っていた。


 あかりは目覚ましよりも早く目を覚ました。窓の向こうでは、春の陽光が薄紅色に輝いている。澪のベッドに目をやると、すでに彼女は身支度を整え、ドレッサーの前で髪を整えていた。


 天翔あまかける専門学校に入学するにあたって、あかりは長く伸ばした髪を、地元で一番の美容室に行きショートカットに切ってもらった。

 どうせ短くするならとサイドを刈り上げてもらったが、一見すると男の子にしか見えない。最初は髪を切ったことを後悔し、鏡の中の自分に違和感しか感じなかったが、不思議なもので、これが私だと思ううちに鏡の中の自分に違和感を感じなくなってきた。


「おはよう、あかり。起きてたんだね」


「うん、なんだか……緊張して眠りが浅くて」


澪は微笑んで、コームを置いた。


「でも、いい天気。きっといい日になるよ」


 その言葉に励まされるように、あかりは深呼吸をしながら制服に袖を通した。濃紺のジャケットとスカート、胸元には天翔専門学校のエンブレムがあしらわれている。鏡に映る自分を見て、あかりは心の中で何度も呟いた。


(私は今日から、天翔専門学校の生徒なんだ。)


 朝食を終えた後、あかりは時間に少し余裕があることを確認し、校門に続く長い並木道を歩き始めた。風はやわらかく、頬を撫でる桜の花びらが舞う。あかりは胸の奥に沸き上がる希望を感じながら、思わず小さく歌い出してしまった。


♪ 未来へ続く この道を 迷わず進むよ ――


 そのときだった。


「す、すみません!どなたかいらっしゃいませんか!?」


 通りの向こうから、年配の女性の声が響いた。見ると、小さな手押し車が道の脇に倒れており、女性が足を引きずって立っている。

 あかりは迷わなかった。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄り、女性の荷物を拾い、手押し車を立て直す。どうやら足をくじいてしまったようで、近くの自宅まで送っていくことになった。


「本当にありがとうね……あなた、これからどこかへ?」


「はい、入学式があって。でも大丈夫です、まだ間に合うと思います!」


(……やばい! もうこんな時間!?)



 急いで校舎に向かって走り出した。慣れないローファーが足に食い込むが、そんなことにかまっていられない。

 息を切らしながらホールの入り口に到着したときには、すでに扉は閉ざされていた。

 ドアマンらしきスタッフが小声で言う。


「もう式は始まっています。そっと入ってください」


 あかねはそっと扉を押した。重厚な扉がゆっくりと開く。


 その瞬間――


 黄金色の光が、視界いっぱいに広がった。


 高い天井、巨大なシャンデリア、磨き上げられた大理石の床、バラのモチーフが散りばめられたカーペット。そして整然と並ぶ新入生たちの背中。

 前方の壇上では、理事長と校長が式辞を述べている最中だった。


「――本校は、舞台人としての実力はもちろん、人としての品格と覚悟を問う場所です。君たちはこれから、夢という名の階段を一段ずつ昇っていくことになります」


 その声が、あかねの胸の奥にしみ込んでいった。


(ここなんだ……ここが、私がずっと夢に見た場所……)


 列の隙間をぬって、自分の席へと小さく頭を下げながら滑り込む。周囲から微かなざわめきが聞こえたが、気にしている余裕はなかった。

 壇上の舞台を見つめながら、あかねは拳を軽く握った。

 壇上では、在校生代表の二年生が挨拶を始めていた。将来、男役スター候補と目されている生徒で、凛とした声がホールに響く。


「夢に、誇りを。技術に、命を。私たちは舞台に生きる覚悟を持っています。あなたたちも、この世界に足を踏み入れる覚悟を持ってください」


 あかねの胸に、熱いものが込み上げてくる。

 夢は、絵空事ではない。ここでは現実だ。毎日の稽古、競争、そして選抜。

 ステージの上に立って歓声を浴びることができるのは、一握りの者だけ。

 だが――あかねは誓った。


(私も、あの壇上に立ってみせる。いつか、あのスポットライトの下で)


 気づけば、目頭が熱くなっていた。

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