3:合格通知
春先の冷たい風が、まだ冬の名残を引きずるように吹いていた。
その日、鷹宮あかりは朝から落ち着かずにいた。ポストの前に何度も立ち、まだ何も届かないことを確認しては、また部屋へ戻る。そんな行き来をすでに三度繰り返していた。
天翔専門学校の合否通知が届くはずの日だった。
「たぶん、無理かもしれない……」
試験が終わってからというもの、あかりは何度そう思ったかわからなかった。
バレエでは緊張から振りを少し間違えた。日舞は普段よりずっと体が硬かった気がした。 声楽は、声を張った瞬間、審査員の一人が驚いたように目を上げたけれど――
それが良かったのか悪かったのか、自分ではまるで判断がつかなかった。
「受かってるわけ、ないよね……」
心の中では何度もそうつぶやいたが、手は勝手にポストの前で震えていた。
そして、ようやく。
午前十一時過ぎ、郵便受けに封筒が一通、音もなく落ちた。
“天翔専門学校 受験者各位”
その宛名を見た瞬間、あかりの全身に血が巡る音がした。
深呼吸を一度。二度。三度。
指先が震えて、封を開ける手元がなかなか定まらない。
やっとの思いで中から取り出した紙を目にした瞬間――
「……え……?」
目を疑った。
それでも何度見返しても、そこに記されていたのは、間違いなくあかりの名前と、たった一言。
「合格」
「……うそ……」
思わずこぼれた声が、風に流された。
その瞬間、感情が津波のように押し寄せてきた。 震え、嗚咽、笑い。すべてがぐちゃぐちゃに混ざって、視界が涙で滲んだ。
「受かった……!私、ほんとに……!」
リビングで洗濯物を畳んでいた母が、あかりの泣き声に驚いて駆け寄ってきた。
「どうしたの!?」と声をかけながらも、娘が手にしている封筒と、喜びの涙を見て、すぐにすべてを察した。 母の胸に飛び込んで泣きじゃくるあかりの背を、優しく何度も撫でてくれる。
――テレビの中で観た、あの男役トップスター。
照明に浮かび上がるシルエット。
ひと振りで観客の視線を奪う、力強く美しい所作。
低く響く声が、観客席の心を震わせた。
そして、カーテンコールで見せた、まばゆいほどの笑顔。
あの人のようになりたい――
ただ、それだけを願ってきた。
引っ越しのたびに新たなバレエ教室に通わせてもらい、日舞の稽古に汗を流し、雨の日も風の日も、河川敷で歌った。
結果の見えない努力だった。報われる保証なんて、どこにもなかった。
でも、あの時の憧れが、今、初めて「現実」になる。
「……絶対、トップスターになる……!」
ポツリとつぶやいたその言葉に、涙が再び溢れた。 ただの夢だったものが、「目指す目標」に変わる瞬間だった。
この合格は、ゴールなんかじゃない。
むしろ――ようやく、スタートラインに立てたのだ。
あかりは目の前の紙を、両手でギュッと胸に抱きしめた。
「絶対に、私が天翔の星になる……!」
その瞳には、まだ見ぬ未来の舞台が、確かに映っていた。