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天翔の星  作者: 嵯峨野遼
第3章 天翔専門学校2年生
129/140

129:東大寺

 奈良公園でのひとときを終えたあかりたちは、班ごとに東大寺へと向かっていた。

 午後の日差しは穏やかで、木漏れ日が参道に斑に落ちる。整備された石畳の道の先に、荘厳な佇まいの南大門がそびえていた。


 「うわあ……大きい……」


 門の前に立った瞬間、あかりが思わず声を上げた。


 「ねえ、さら、あれ見て……」


 あかりが指さした先には、左右に仁王立ちする巨大な金剛力士像――阿形像と吽形像。木造とは思えぬ圧倒的な存在感が、見る者を威圧する。

 さらは目を見開いてうなずいた。


 「すごい……本当に人間が作ったの?」


 「千年以上も前に、こんな精巧で力強い像を……」


 あかりは小さく息をのむ。


 「なんだか、時代を超えて立っているって感じがするね……」


 ひまりも感嘆の声を漏らす。


 「すごい迫力。今にも動き出しそう」


 「阿形が口を開けていて、吽形が口を閉じてるのよね。あ・うんの呼吸ってやつ」


 知識を披露するように言ったのは神田麻琴だった。彼女は小さなノートを片手に、像を見上げている。

 大河は金剛力士像をスマホで撮影しながら、「力強さの中に美しさがあるよね」とうなずいた。


 「筋肉の彫りとか、影の入り方とか、まさに芸術だ」


 南大門をくぐると、目の前に広がるのは広大な境内。奥には、東大寺の大仏殿――世界最大級の木造建築が静かに佇んでいる。


 「すごい……こんなに大きいんだ……」あかりは思わず立ち止まり、息をのむ。


 そのとき、4班の澪たちも境内に入ってきた。


 「この建物の中に、あの大仏がいるのね……」


 ゆらが澪に話しかける。


 「うん。やっぱり迫力あるな。写真で見たのと全然ちがう」


 澪もその光景に目を細めた。

 颯真は小さなガイドブックをめくりながら、


 「この大仏殿、何度も火災で焼けて、そのたびに再建されてるんだって。今の建物も江戸時代に再建されたものらしいよ」と説明する。


 「ふぅん、昔の人たちの執念ってすごいわね」


 エリカはさらりと言いながらも、その目にはどこか尊敬の色が浮かんでいた。

 大仏殿の入口前まで歩くと、あかりはふと振り返って南大門の方を見やった。巨大な門と力士像が、まるでこの場所を守るかのように、どっしりと構えている。


 「昔の人たちが、祈りや願いを込めてこういうものを作ったんだな……」


 そう呟いたあかりの横で、さらが静かにうなずいた。


 「千年たってもこうして残ってるのって、すごいことよね。私たちの舞台も、いつか誰かの記憶に残るものにしたいな」


 その言葉に、あかりははっとする。自分たちがこれから創り上げていくもの――舞台、表現、歌、演技。それもまた、誰かの心に残り、時を越えて記憶されるものになるかもしれない。


 「うん……そのために、頑張らなきゃね」


 あかりとさらが微笑み合う一方で、少し離れた場所では、澪があかりの後ろ姿に目を留めていた。

 心の奥でざわめく感情を抑えながら、澪は一歩、また一歩と大仏殿へと歩を進めた。



***


 大仏殿の重厚な扉が開き、内部に一歩足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気とともに、荘厳な気配が肌を撫でる。


 「……っ!」


 そのあまりの存在感に、あかりは思わず息をのんだ。見上げた先に鎮座していたのは、盧舎那仏るしゃなぶつ、通称「奈良の大仏」。

 高さ約15メートル。その黒褐色の体に金の光がわずかに残り、周囲の光を静かに吸い込んでいるようだった。


 「あかり……見て。あの大仏さまの手。なんだか、こっちに語りかけてるみたいじゃない?」


 さらが、あかりの腕をそっとつかみながら言った。


 「ほんとだ……。怒ってるわけでも、笑ってるわけでもないのに、すごく優しい目をしてる……」


 「うん。包み込むような表情……。なんか、あかりみたい」


 「えっ!? わ、私が?」


 さらは恥ずかしげもなく笑う。


 「うん、誰かが困ってると、自然と手を伸ばして助けちゃうところ。そういうとこ、私……すごく好きだよ」


 「あ、ありがとう、さら」


 あかりは顔を赤らめながら、少しうつむいた。

 その横顔を、さらはまっすぐ見つめていた。


 「こんなに大きな仏さまを目の前にすると、自分の悩みなんてちっぽけに思えてくるよね」


 「そうだね」


 あかりがそっと微笑むと、さらは満足げに頷いた。

 一方、大仏のやや後方では、澪とゆらが並んで見上げていた。


 「……すごい。これが、人の手で作られたなんて……」


 ゆらが呟いた。

 澪も、腕を組んだまま頷く。


 「圧倒的な存在感。だけど、不思議と怖くはないね」


 「うん。どっしりしてるのに、どこか優しい……。仏さまって、安らぎの象徴なんだね」


 しばらく無言で見上げたあと、澪が静かに言った。


 「強いって、こういうことかもね。大声出したり、誰かを押しのけたりするんじゃなくて……そこにいるだけで安心できる、そんな強さ」


 「……誰かさんに似てるね」


 「え?」


 「なんでもない。ふふっ」


 ゆらは小さく笑って、大仏を見つめ直した。澪は一瞬、戸惑った顔を見せたが、すぐに目を細めて同じ方向を見つめた。

 少し離れた場所、柱のそばではエリカと颯真が並んで立っていた。2人の間には言葉では語られない沈黙が流れている。

 やがて、颯真が口を開いた。


 「この大仏さまは、完成してから何度も火事や戦争で壊されて……そのたびに修復されて、こうしてまた立ってる。千年以上前の人たちが祈りを込めて作ったものが、今の私たちにまで届いてる」


 颯真の横顔は静かだったが、目の奥に深い想いが宿っていた。


 「この仏さまの表情、見て。何も語らないけど……確かに訴えかけてくるでしょ?」


 エリカは黙って見つめた。荘厳な仏の顔は、静寂の中に揺るがぬ意志を宿している。


 「悲しみも、怒りも、愛しさも、全部……言葉にしないからこそ、心に届く。残すって、きっとそういうこと」


 「残す……」


 「私たちが舞台に立つのも同じよ。私たちは言葉と動きで祈る人。誰かの心に、時を超えて何かが届くように……」


 その言葉に、エリカは目を伏せて息を飲んだ。


 「……颯真って、やっぱり他の人と着眼点が違うわね」


 「そうでもないよ。ただ、舞台が好きなだけ。あなたも同じでしょ?」


 「……ええ、そうね」


 2人の視線が再び仏の顔へと向かう。時代を超えて残るもの、その意味が、胸の奥に静かに染みていく。


**


 さらに奥に進むと、堂内の一角には、大仏の鼻の穴と同じ大きさと言われる穴の開いた柱があった。そこをくぐると願いが叶うということで、観光客たちが列を作っていた。


 「これ、入れるかな……」と不安そうに言ったのはひまり。


 「案外いけるって。チャレンジしてみなよ!」と、あかりが背中を押す。


 ひまりが四つん這いになり、慎重にくぐっていく。途中で「わ、やばいかも……!」と叫ぶが、なんとか通り抜けた。


 「やった〜!」


 周囲から拍手が起こる。

 あかりとさらも挑戦することになり、さらは先にスルリと通った。


 「あかり、来て!」


 「えええ……無理かも……」


 「信じて。あかりなら絶対通れるよ」


 さらの励ましに背を押され、あかりも思い切ってチャレンジ。狭さに一瞬ひるむが、集中して通り抜けることができた。


 「……やった!」


 「ほらね、言ったでしょ?」とさらが笑う。


 一方、澪とゆらは列を少し離れて見ていた。


 「……私はいいかな」と澪が言うと、


 「澪なら一発で通れそうだけどな。ちょっと見てみたいかも」とゆらが微笑む。


 澪は肩をすくめて、「舞台で体幹鍛えてるからね」と冗談めかして返す。

 颯真とエリカはくぐりには興味を示さなかった。

 颯真は言う。


 「私は……願いは舞台の上で叶えるタイプだから」


 「ふふ、らしいわね」


 とエリカが静かに笑った。

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