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天翔の星  作者: 嵯峨野遼
第2章 天翔専門学校1年生
12/140

12:ジンクス

【天翔専門学校 寮・食堂 夕食時】


 夕暮れどきの食堂は、ほどよく賑やかだった。

 天翔専門学校に入学して二日目、生徒たちはそれぞれのグループに分かれて、今日決まった掃除当番の話に花を咲かせていた。


「今日の夕飯、生姜焼きだったの当たりだよね〜!」


 水瀬大河が箸を片手に声を上げ、湯気の立つお椀を持ち上げる。


「そう? 私は昨日の肉じゃがの方が好みだったな」


 落ち着いた声音で澪が微笑む。食堂の薄明かりが、彼女の長く黒い髪に柔らかな光を帯びさせていた。


「この豚肉、けっこう厚くて食べ応えあるよね。専門学校の寮食、思ったよりいい」


 と、橘颯真が頷きながらも、話題をすっと切り替える。


「ところで、掃除場所って今日発表だったじゃん? みんな、どこだった?」


「私、『琴教室』。超ラッキー!」


 と即答したのは水城ひまり。気が強くサバサバした口調で、余裕の笑みを浮かべる。


「普段ほとんど人こないから、ほうきだけで済むって。神様ありがとうって感じ」


「それ、ちょっとズルいかも……」

 

 あかねが呟き、にやりと大河が被せる。


「でもさ、知ってる? 掃除場所にも“スターのジンクス”があるって」


 その言葉に、あかねも、澪も、颯真も、箸を止めた。


「ジンクス?」


 結城さらが静かに問い返す。


「うん、噂で聞いたことあるの。『看板かけ』担当した男役の人って、やたらトップスターになってるって」


「看板かけ……」


 あかねは思わず呟いた。校門横に設置された大きな木製の看板には、天翔専門学校の名が金箔で刻まれている。その看板を毎朝拭き、立て直す役目。確かに、責任も重そうだ。


「それだけじゃないよ」


 大河は指を一本立てる。


「玄関掃除も当たりって言われてる。だって、生徒だけじゃなく、講師とか劇団関係者が通る場所だから、そこでの立ち振る舞いがけっこう見られてるんだって」


「それ聞いたことある。あと、3階のトイレの鏡拭きもでしょ?」


 一ノ瀬ゆらが補足する。


「え? なんでトイレ?」


 あかねが首を傾げると、ゆらは少し恥ずかしそうに笑った。


「3階の鏡って、舞台前のチェックに使われることが多いんだって。だから、誰よりも自分の姿を意識するようになるって。姿勢とか、表情とか、自己管理の訓練になるんだってさ」


「なるほど……」


 澪がぽつりと、感心したように呟く。

 その声に、紫堂エリカがふと遠くの席で目を細める。ひとり、黙々と食事を続けながらも、その輪の空気にはしっかりと耳を澄ませているようだった。


「で、鷹宮さんはどこになったの?」


 さらが、興味ありげにあかねに尋ねる。


「……あたしは……“看板かけ”だった」


 その瞬間、箸の音がピタリと止まった。

 大河が、おぉっと目を丸くする。


「マジか!いきなり出世コースじゃん!」


「それって本当にすごいことよ。選ばれるの、たいてい上位の生徒らしいから」


 ゆらが目を輝かせながら言う。


「いや……あたし、成績36番目だったし……きっと偶然だよ」


 あかねはうつむき気味に言うが、その顔には驚きと、少しの喜び、そしてプレッシャーが入り混じっていた。


「偶然でもチャンスはチャンス。逃さないでよ」


 颯真が静かに背中を押すように言い、澪もそっと頷いた。


「あかりに、ぴったりかもしれなわよ。朝一番に、校門の前で、きりっと立ってる姿うを想像できろもの」


「え……澪、そんなふうに思ってくれてたの……」


 あかねが照れ笑いを浮かべると、澪は柔らかく微笑みを返した。


 その瞬間、エリカの指が止まる。

 澪の笑顔に、ほんの少し目を細めた。

 エリカの胸の奥に、わずかな棘のような感情が、静かに沈んでいく。

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