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天翔の星  作者: 嵯峨野遼
第2章 天翔専門学校1年生
11/140

11:同期たち

 天翔専門学校——。

 女性だけの名門歌劇団「天翔歌劇団」へと繋がる、唯一無二の養成機関。

 その門をくぐった少女たちは、2年間の厳しい研鑽の末に、舞台の世界へと羽ばたいていく。

 けれど、ここでは夢と同時に「序列」が始まる。すべてが成績順。

 実技も、掃除も、行進の列も、そして——自己紹介すらも。

 

最初の授業の後に、講師の如月玲奈が生徒たちに言った。


「名前と出身地、今の気持ちを簡潔に伝えなさい。成績順に行う」


 成績上位の者から順に名前が読み上げられていく。

 1番目に名乗ったのは、もちろん——紫堂エリカ。


***


■紫堂エリカ(成績1位)

「紫堂エリカ、神奈川県出身です」

エリカは、教室の中央に進み出て、一礼した。

言葉も姿勢も隙がない。堂々とした声は、一瞬にして教室の空気を掌握する。

「私は、絶対に天翔歌劇団のトップになります。誰よりも努力し、誰にも負けずに、舞台に立ちます」

簡潔だが力強い言葉に、静かなざわめきが走る。

鏡のように冷たく磨かれた視線の先には、誰か一人を見るような鋭さがあった。

その視線がふと向いた先——綾小路澪。

(あの美しさ、目障りなほど完璧……)

エリカの胸の奥に、言葉にできない感情が生まれていた。


■一ノ瀬ゆら(成績2位)

「大阪出身の一ノ瀬ゆらです。誰よりも舞台の上で美しく輝ける人になりたいです」

柔らかな言葉と、可憐な笑顔。

自己紹介というより、舞台の一場面のような、優美な存在感を放つ。


■結城さら(成績4位)

「結城さら、静岡出身。歌も踊りもまだまだですが、誰かの心に寄り添えるような舞台人を目指して頑張ります」」

短く、静かに言っただけなのに、不思議と耳に残る声。

さらの視線がふと、列の後方に向く。

そこには椅子に座って控えている鷹宮あかりの姿。

その瞳に、興味と、何か期待にも似たものが宿っていた。


■橘颯真(成績6位)

「橘颯真と申します。愛知出身です。どんなときも誠実に、心のこもった芝居を大切にしたいと思っています」

まじめで整った声。

姿勢も美しく、礼も丁寧。

言葉も所作も清潔感に溢れている。

完璧すぎない、だからこそ心地よい——そう感じさせる存在。


■綾小路澪(成績10位)

「綾小路澪と申します。熊本県出身です。舞台上で気品と物語を紡げるような存在になりたいです 」

笑わず、微笑まず、淡々と語る声。

凛とした黒髪が揺れるたび、どこか遠い異国の彫像のような静謐な美しさを感じさせた。

エリカはその様子を、目を細めて見ていた。


■水城ひまり(成績13位)

「水城ひまり、東京出身。私は、誰よりも早くトップ娘役になります。それが私の夢で、目標です」

真っすぐな口調、目にも気迫が宿っている。

彼女の自己紹介には、遠慮や気遣いなど一切なかった。

自信家というより、確信を持った者だけが発することのできる宣言だった。


■水瀬大河(成績22位)

「水瀬大河です。千葉出身です。……不器用なところもありますが、人の心をふっと軽くできるような舞台を作っていきたいです」

にこりと笑うその笑顔が、教室を一瞬で柔らかくする。

ふざけすぎない絶妙な空気を読む力に、誰もが安心するような印象を持った。


そして……40名中、36番目。

やっと順番が回ってきたのは——鷹宮あかりだった。


■鷹宮あかり(成績36位)

「鷹宮あかり、鹿児島県出身。15歳です。」

席から立ち上がるとき、膝がわずかに震えていた。

言葉も、どこか緊張して詰まりそうになる。

でも、それでも目だけは——まっすぐだった。

「私は……小学生のときにテレビで見た天翔歌劇団の舞台に感動して、この道を志しました。まだまだ至らないところばかりですが、絶対にあの舞台に立って、夢を叶えます!」

声を張って言い切ると、一瞬の静寂のあと、何人かが小さくうなずいた。

誰よりも上手ではない。

でも、何かを掴もうとする「力」がそこにはあった。


その姿を、前列から見つめていた結城さらは、またあの意味ありげな視線を送る。


一方、後方で腕を組んでいたエリカは、視線を逸らしながらも、どこか気になる様子を見せていた。


視線の交錯、まなざしの揺れ。

40人の少女たちの夢が交差する空間に、静かに火が灯り始めていた。


***


自己紹介を終えたあかりの胸の内では、まったく別の火がくすぶっていた。


(私は、40人中36番目……)


成績順という無情な並び。

その現実が、あかりの脳裏に容赦なく突きつけられていた。


(この中で、私は下から数えたほうが早い“落ちこぼれ”なんだ)


背筋を正して声を張ったつもりだったが、振り返れば言葉は少し震えていた。

なにより、先に自己紹介を終えた上位の生徒たち——紫堂エリカのあの揺るぎない自信や、綾小路澪の美しさと静けさには、まるで届いていない。

一歩も近づけていない、とわかってしまった。


(でも……だからって、引き下がるつもりなんてない)


ぎゅっと、制服のスカートの裾を握りしめる。

胸の奥に、小さな闘志がふつふつと立ち上がる。


(下から始まったって、私は必ず上に行く。——トップになるって決めたんだから)


そうだ、ここに来るまで何年も努力してきた。

逃げるわけにはいかない。


ただ、その一方で、あかりはまだ知らなかった。

この学校では、自己紹介のような場面すらも——成績順という名の序列であらゆる場面に現れるということを。

朝の点呼、清掃当番、授業の指名順、食堂の配膳位置、舞台実習の配役順、そして寮の風呂の時間まで。


すべて、順位で決まる。

それは「平等」を掲げる学校ではあり得ないような世界だった。


(これから、毎日が……成績との闘いなんだ)


あかりは、手のひらにじっと目を落とす。

その手はまだ細く、小さく、震えているようにも見えた。


でも、その目には、舞台の上で最も眩しく輝く男役トップスターの幻が、しっかりと映っていた。


(負けない。私は、いつか一番上まで、登ってみせる)

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