11:同期たち
天翔専門学校——。
女性だけの名門歌劇団「天翔歌劇団」へと繋がる、唯一無二の養成機関。
その門をくぐった少女たちは、2年間の厳しい研鑽の末に、舞台の世界へと羽ばたいていく。
けれど、ここでは夢と同時に「序列」が始まる。すべてが成績順。
実技も、掃除も、行進の列も、そして——自己紹介すらも。
最初の授業の後に、講師の如月玲奈が生徒たちに言った。
「名前と出身地、今の気持ちを簡潔に伝えなさい。成績順に行う」
成績上位の者から順に名前が読み上げられていく。
1番目に名乗ったのは、もちろん——紫堂エリカ。
***
■紫堂エリカ(成績1位)
「紫堂エリカ、神奈川県出身です」
エリカは、教室の中央に進み出て、一礼した。
言葉も姿勢も隙がない。堂々とした声は、一瞬にして教室の空気を掌握する。
「私は、絶対に天翔歌劇団のトップになります。誰よりも努力し、誰にも負けずに、舞台に立ちます」
簡潔だが力強い言葉に、静かなざわめきが走る。
鏡のように冷たく磨かれた視線の先には、誰か一人を見るような鋭さがあった。
その視線がふと向いた先——綾小路澪。
(あの美しさ、目障りなほど完璧……)
エリカの胸の奥に、言葉にできない感情が生まれていた。
■一ノ瀬ゆら(成績2位)
「大阪出身の一ノ瀬ゆらです。誰よりも舞台の上で美しく輝ける人になりたいです」
柔らかな言葉と、可憐な笑顔。
自己紹介というより、舞台の一場面のような、優美な存在感を放つ。
■結城さら(成績4位)
「結城さら、静岡出身。歌も踊りもまだまだですが、誰かの心に寄り添えるような舞台人を目指して頑張ります」」
短く、静かに言っただけなのに、不思議と耳に残る声。
さらの視線がふと、列の後方に向く。
そこには椅子に座って控えている鷹宮あかりの姿。
その瞳に、興味と、何か期待にも似たものが宿っていた。
■橘颯真(成績6位)
「橘颯真と申します。愛知出身です。どんなときも誠実に、心のこもった芝居を大切にしたいと思っています」
まじめで整った声。
姿勢も美しく、礼も丁寧。
言葉も所作も清潔感に溢れている。
完璧すぎない、だからこそ心地よい——そう感じさせる存在。
■綾小路澪(成績10位)
「綾小路澪と申します。熊本県出身です。舞台上で気品と物語を紡げるような存在になりたいです 」
笑わず、微笑まず、淡々と語る声。
凛とした黒髪が揺れるたび、どこか遠い異国の彫像のような静謐な美しさを感じさせた。
エリカはその様子を、目を細めて見ていた。
■水城ひまり(成績13位)
「水城ひまり、東京出身。私は、誰よりも早くトップ娘役になります。それが私の夢で、目標です」
真っすぐな口調、目にも気迫が宿っている。
彼女の自己紹介には、遠慮や気遣いなど一切なかった。
自信家というより、確信を持った者だけが発することのできる宣言だった。
■水瀬大河(成績22位)
「水瀬大河です。千葉出身です。……不器用なところもありますが、人の心をふっと軽くできるような舞台を作っていきたいです」
にこりと笑うその笑顔が、教室を一瞬で柔らかくする。
ふざけすぎない絶妙な空気を読む力に、誰もが安心するような印象を持った。
そして……40名中、36番目。
やっと順番が回ってきたのは——鷹宮あかりだった。
■鷹宮あかり(成績36位)
「鷹宮あかり、鹿児島県出身。15歳です。」
席から立ち上がるとき、膝がわずかに震えていた。
言葉も、どこか緊張して詰まりそうになる。
でも、それでも目だけは——まっすぐだった。
「私は……小学生のときにテレビで見た天翔歌劇団の舞台に感動して、この道を志しました。まだまだ至らないところばかりですが、絶対にあの舞台に立って、夢を叶えます!」
声を張って言い切ると、一瞬の静寂のあと、何人かが小さくうなずいた。
誰よりも上手ではない。
でも、何かを掴もうとする「力」がそこにはあった。
その姿を、前列から見つめていた結城さらは、またあの意味ありげな視線を送る。
一方、後方で腕を組んでいたエリカは、視線を逸らしながらも、どこか気になる様子を見せていた。
視線の交錯、まなざしの揺れ。
40人の少女たちの夢が交差する空間に、静かに火が灯り始めていた。
***
自己紹介を終えたあかりの胸の内では、まったく別の火がくすぶっていた。
(私は、40人中36番目……)
成績順という無情な並び。
その現実が、あかりの脳裏に容赦なく突きつけられていた。
(この中で、私は下から数えたほうが早い“落ちこぼれ”なんだ)
背筋を正して声を張ったつもりだったが、振り返れば言葉は少し震えていた。
なにより、先に自己紹介を終えた上位の生徒たち——紫堂エリカのあの揺るぎない自信や、綾小路澪の美しさと静けさには、まるで届いていない。
一歩も近づけていない、とわかってしまった。
(でも……だからって、引き下がるつもりなんてない)
ぎゅっと、制服のスカートの裾を握りしめる。
胸の奥に、小さな闘志がふつふつと立ち上がる。
(下から始まったって、私は必ず上に行く。——トップになるって決めたんだから)
そうだ、ここに来るまで何年も努力してきた。
逃げるわけにはいかない。
ただ、その一方で、あかりはまだ知らなかった。
この学校では、自己紹介のような場面すらも——成績順という名の序列であらゆる場面に現れるということを。
朝の点呼、清掃当番、授業の指名順、食堂の配膳位置、舞台実習の配役順、そして寮の風呂の時間まで。
すべて、順位で決まる。
それは「平等」を掲げる学校ではあり得ないような世界だった。
(これから、毎日が……成績との闘いなんだ)
あかりは、手のひらにじっと目を落とす。
その手はまだ細く、小さく、震えているようにも見えた。
でも、その目には、舞台の上で最も眩しく輝く男役トップスターの幻が、しっかりと映っていた。
(負けない。私は、いつか一番上まで、登ってみせる)