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天翔の星  作者: 嵯峨野遼
第3章 天翔専門学校2年生
109/140

109:修学旅行の班分け

 四月も終わりに近づいたある朝。

 春風が教室の窓からふわりと入り込んできた。淡い若葉の香りとともに、鷹宮あかりの髪が優しく揺れる。

 柔らかな陽射しが机に斜めに差し込んで、まだどこか新しい匂いの残る教科書の表紙を照らしていた。


 朝のホームルーム。

 教室に入ってくるやいなや、講師の麻生なずなは生徒たちに向かって声をかけた。


 「みなさん、おはようございます。さて、いよいよ来月末に控えた修学旅行について、今日は班分けをします」


 いつもは落ち着いた麻生の声が、今日はほんの少しだけ弾んで聞こえた。

 教室がざわめきに包まれた。

 旅行と聞くだけで、生徒たちの表情がどこか緩む。

 けれどその中に、どこか張り詰めた空気も交じっていた。


 「班は、8人一組です。そして、各班には担当講師が一人ずつ同行します。引率の先生が誰になるかは、前日までのお楽しみです。それでは、班は自分たちで話し合って決めてください。時間は、今日のホームルーム中だけですよ」

 

 そう言って、麻生は微笑みながら黒板に「班予定表」と書かれた紙を貼り付けると、教室の後ろへと下がった。

 一斉に立ち上がる椅子の音。

 仲の良い者同士が互いの目を見て、次々に集まっていく。


 あかりは席から立ち上がり、隣の澪に声をかけようと、ほんの半歩踏み出した。


 「澪、一緒の――」


 けれどその瞬間、背後から控えめな声が届いた。


 「鷹宮さん……あの、よかったら、私と一緒の班にならない?」


 振り返ると、さらが胸の前で両手をそっと組んで立っていた。

 その表情は、どこか不安げで、あかりにすがるような瞳をしていた。


 「さら……」


 あかりは一瞬迷った。

 もちろん、一番に思い浮かぶのは澪の顔だった。けれど、さらのその真剣な目を見て、断ることができなかった。


 「……うん。いいよ、さら」


 「ほんとうに?ありがとう」


 ぱあっと笑顔を咲かせるさら。

 その嬉しそうな顔に、あかりは少しだけ胸が痛んだ。


 振り向いた先に、澪の姿を探す。

 彼女もまた、あかりに声をかけようと歩きかけていた。けれどその目の前に――


 「ねえ、澪。私と一緒に組まない?もう、誰が誰を誘うかって、周りがうるさいのよ」


 軽やかな声が、あかりの胸を締めつけた。

 それは、紫堂エリカだった。

 その口調に押されるように、澪は一瞬だけあかりを見た後、エリカのほうへと向き直った。


 「……うん、いいよ」


 その言葉に、あかりの胸の奥が、じんわりと冷えていく。

 澪もまた、同じように遠くからこちらを見ていた。

 まるで、互いの気持ちがわかっているのに、ほんの一歩のすれ違いで届かない――そんな距離。


 その後、クラス内では次々と班が決まっていった。

 あかりは、結城さら、水城ひまり、水瀬大河、神田麻琴と同じ班になった。

 一方、澪は、紫堂エリカ、一ノ瀬ゆら、橘颯真と同じ班になった。


 生徒たちは、仲間を集め終えると、それぞれの机に集まりはじめた。

 「どこ行こうか?」「お寺めぐり?」「いや、和菓子食べたい!」

 そんな楽しげな声が飛び交う中、あかりはふと、澪の班の方向へ目を向ける。

 澪も、同じようにこちらを見ていた。

 言葉はない。

 ただ、その瞳の奥に浮かぶ感情だけが、あかりの胸に響いた。


(やっぱり……一緒がよかったな)


 春の風が、二人の間を静かに通り過ぎていく。

 教室の窓際では、風に揺れるカーテンの影が淡く机に映っていた。

 そのとき、教壇に戻ってきた麻生が再び口を開いた。


 「班が決まったら、自由時間の計画表を作ってください。班ごとにどこを回るか、どこで昼食をとるか――そういった内容を、来週までに提出です。それと、どの班にどの講師が付くかは前日までのお楽しみ。ふふ、それもまた修学旅行の醍醐味ですからね」


 その言葉に、教室中から小さな笑いが起こる。

 そんな、春風に乗せるには少し重たい願いが、あかりの胸の奥にふんわりと積もっていった。



***


 桜の花びらが、風に舞いながら中庭を淡く彩っていた。

 校舎のガラス越しに映る春の陽射しが、教室の机の上にも柔らかな影を落としている。窓を少し開ければ、どこからか鶯の鳴き声が聞こえてきて、季節の移ろいを静かに告げていた。


 昼休みのチャイムが鳴ると同時に、生徒たちは思い思いに弁当を広げはじめた。2年生となった鷹宮あかりは、鞄からお弁当を取り出し、いつものように教室の隅のテーブル席へ向かう。そこには、すでに結城さらと水瀬大河が腰を下ろしていた。


 「今日もいい天気だね」


 さらが穏やかに笑いながら、あかりに声をかけた。


 「うん、春ってほんと気持ちいいね。なんだか心まで明るくなる気がする」


 その声に続くように、水城ひまりと神田麻琴もやってきて、自然と五人が集まった。

 昼食の蓋を開ける音とともに、話題はさっそく修学旅行の自由時間の行き先に移る。


 「やっぱり京都といえば、清水寺でしょ」

 

 大河が得意げに箸を動かしながら言った。


 「えー、私は金閣寺のほうがいいわ。あの金ぴかの建物、晴れた日には水面に映ってすごくきれいなのよ」


 ひまりが微笑んで反論する。


 「どっちも魅力的だけど……ちょっと遠いけど、宇治の平等院鳳凰堂もいいと思うの。歴史的にも有名だし、十円玉の裏側にもなってるしね」

 

 と、さらが静かに提案する。


 「そういえば、宇治ってお茶も有名だよね?」


 そうあかりが返すと、みんなが頷く。


 「あのへん、抹茶スイーツのお店多いって聞くよ」


 と、ひまりが興味津々に話す。

 だが、話はまとまりそうでまとまらず、みんなの意見があちこちに飛びはじめる。そんな中、あかりはふと思い出したように、隣に座る麻琴に視線を向けた。


 「麻琴は、どこに行きたい?」


 問いかけられた麻琴は一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに真っ直ぐな瞳で答えた。


 「……伏見稲荷に行きたい」


 その一言に、他のメンバーの目が一斉に彼女に向いた。


 「伏見稲荷? あの鳥居がたくさん並んでるところ?」


 さらが目を丸くする。


 「そうそう、千本鳥居ってやつ。あれ、めっちゃインスタ映えするんだよ」


 ひまりが食いつく。


 「いいじゃん!私、あそこ行ったことないから興味ある」

 

 大河が腕を組んで頷く。


 「朱色の鳥居が山道にずーっと続いてて、歩いてるだけでも楽しいらしいよ」


 さらが補足する。


 「じゃあ、自由時間は伏見稲荷に決まりだね」と、あかりがまとめるように言うと、みんなが声を合わせて「賛成!」と笑った。


 昼下がりの教室。春の陽が差し込む中、少女たちの笑い声が弾ける。窓の外では、風に舞った桜の花びらがひらりひらりと、まだ少し肌寒い空気の中を流れていた。

 そのひとときは、これから始まる2年目の輝きと、修学旅行という非日常への予感に満ちていた。



***


 春の陽光が柔らかく差し込む昼下がり。

 食堂の窓際のテーブルに、澪、エリカ、ゆら、颯真の四人が集まっていた。白いトレーに並んだランチセットから、ほんのり湯気が立ちのぼる。


 「ゆらは、どこ行きたいの? 修学旅行の自由行動」


 颯真がサラダを口に運びながら聞くと、ゆらは少し考えてから、にこりと笑った。


 「三十三間堂に行ってみたいな。あの、千手観音がずらーっと並んでるところ」


 「おー、あそこ圧巻だよね。一体ずつ顔が違うって言うし」


 と、颯真がうなずく。


 「颯真は?」


 と今度はエリカが問う。


 「知恩院に行きたいな~。昔、映画『ラスト・サムライ』で見たんだ。すごく印象に残ってる」


 「へえ、渋いわね」とエリカは口角を上げる。


 「私は嵐山に行ってみたいわ。竹林とか渡月橋とか、テレビでしか見たことないし」


 「嵐山って観光地としても完成度高いよね」とゆらも同意する。


 その流れの中で、澪は窓の外に目をやった。春の風に揺れる桜の花びらが、ちょうど校庭に舞い落ちるのが見える。


(……あかりの班は、どこに行くのかな)


 ほんの一瞬だけ、胸の奥がざわつく。あかりと同じ班になれなかった名残惜しさが、胸の内に広がっていた。


 「澪は? どこ行きたい?」


 颯真がフォークを止めて、笑顔でこちらを向いた。


 「えっ……あ、私は……」


 少しだけ迷ったあと、澪はふいに口をついて出た言葉をそのまま言った。


 「映画村とか……行ってみたいな」


 言ってから、少しだけ後悔する。子供っぽかったかな? 舞台に立つ者として勉強になる場所としては、もっと伝統的な寺院とかの方がふさわしかったのではーー

 しかし、意外にも反応は好意的だった。


 「お、いいね! 太秦映画村。時代劇のセットとかあるんだよね?」と颯真。


 「路面電車にも乗れるし、忍者ショーとか殺陣の実演もあるって聞いたわ」とエリカ。


 「映画作りの裏側が見られるのって、舞台にも活きそうだし」と、ゆらも頷いた。


 澪は少し驚いた表情を見せた後、ふっと笑みを浮かべた。


 「じゃあ……映画村に決まり?」


 「決まりだね!」と、四人が声を合わせるように言った。


 窓の外には春の光が溢れていた。

 それぞれの想いを胸に、二年生の春は静かに、けれど確実に歩みを進めていくのだった。

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