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Chapter2 なんかキャラ違くない?

 麻白と玲南の後についていくと、ドリぷりの背景でよく目にしていた写真部の部室に辿り着いた。異世界に転生したことやそれがクズ男なことはまだ整理できていないが、ゲームで見ていた部屋と同じ光景が目の前にあるのはオタク心をくすぐられる。茶色のソファの端から中身の綿が見えているところまで同じだ。再現という概念ではないのかもしれないが、原作に忠実すぎる。

 玲南はおもむろにソファに腰掛け足を組んだ。麻白はその横に足を閉じて座っている。おぉ、解釈一致だ。

「……で、いっくんがさっき叫んでた『美少女』って誰のことなのー?」

「え? い、いや、別に何でもないよ」

廊下では無視してくれたから、俺の心の叫びは無かったことになったのかと思っていた。しどろもどろ答える俺に、玲南は眉を顰める。

「なんかいっくん、今日心の距離遠くなーい? 玲南かなしい! 麻白ちゃんだって気になるでしょー?」

「ならないわよ。どうでもいい」

「もぉ、素直じゃないんだからー」

麻白はツンとそっぽを向いている。本当にゲームで見たままなんだな。

 俺が感心していると、部室のドアが勢いよく開いた。ゆるくカーブした茶髪を揺らしながら、息を切らして美少女が部屋に入ってくる。いや、この人は少女というより「お姉さん」って感じだ。

「おまたせー! ごめんねぇ~、先生に呼び出されちゃって。あら、神楽ちゃんはまだ?」

「神楽は風邪で休みだそうです。琴葉先輩にも連絡したって聞いたんですけど……」

「あぁ~、来てたかも……? 見てなかったみたい。ごめんなさいねぇ」

ふわふわした喋り方の彼女は、笹ノ木 琴葉。主人公より一つ上の先輩で、この人もドリぷりの攻略対象だ。天然お姉さんな彼女は、こう見えてボクシングの全国大会に出場している。オタクたちからは「ギャップ萌えの女王」と呼ばれていた。

「風邪なんて心配だわぁ。神楽ちゃん、大丈夫なの?」

琴葉先輩は俺の方を見て首を傾げた。先輩の言っている神楽も攻略対象の一人で、主人公の義妹だ。一緒に住んでいるから体調を聞かれたのだろうが、先ほどこの世界に来たばかりの俺が神楽の具合を知る由もない。

「たぶん……?」

「いっくん、一緒に住んでるのに心配じゃないんだ? 冷たい男だねぇ」

「そういうわけじゃ……」

玲南は俺の顔をじっとりとした目で見たあと、にぱっと笑った。

「分かってるよ、神楽ちゃん優しいもんねぇ。いっくんに心配かけたくなかったんでしょ」

玲南は納得したように頷いて立ち上がり、麻白の隣を立ったままの琴葉先輩に譲った。先輩は一言礼を言ってからソファに腰掛ける。玲南は背もたれのない丸椅子を二つ部屋の隅から移動させて座り、いっくんも、と俺を促した。玲南はこういうところが人気だったんだよなぁ。

 全員が着席したところで、琴葉先輩が「さぁ」と手を叩く。

「六月の月例撮影会の話をしましょうか。夏休みに合宿に行くから六月の活動は近場にするって話だったけど、それでいいかしら? ――よかったわぁ。じゃあ、どこか候補があれば教えてくれる?」

まだ訳の分からない俺になにか名案が思いつくわけもなく、辺りを見回すと、麻白と目が合った。麻白は呆れたようにため息をつき、小さく手を挙げる。

「夏休みの合宿では海辺に行く予定ですよね。だから、今回は山へ行くのはいかがでしょうか。これから暑くなると外出のハードルが上がりますし、新緑の芽も吹きだしている頃ですから、丁度よいのではないかと思います」

「たしかにー! そういえば、今年に入ってからまだ裏山に行ってないもんねぇ、さっすが麻白ちゃん!」

「いいわね~!」

玲南と琴葉先輩も賛成し、三人の目線が俺に向く。

「部長は賛成してくれているけれど、不服かしら? 副部長さんは」

あぁそうだ、主人公は写真部の副部長なんだった。年上の琴葉先輩が部長なのは分かるが、順当にいけば副部長はしっかり者の麻白が適任だと思うんだが…… そういえば、玲南も賞をたくさん獲ってるんだったな。努力型の麻白と天才肌の玲南の二人は、プレイヤーの中でも派閥争いが起こっていた。どうしてその二人を差し置いて主人公が副部長をやっているのか、何も思い出せない。そういうイベントがあったんだっけ……?

「いや、不服なんかじゃない。すごく素敵だと思う! ありがとう、麻白」

とりあえず笑ってみると、麻白は幽霊でも目撃したかのように目を見開いた。他の二人も驚いた様子で俺を見ている。

「俺、なんか変なことしたか……?」

「貴方が下ネタを言わないどころか、まさか感謝の言葉を聞ける日が来るとは思ってなかったわ…… まぁ、それが普通なのだけれど。感謝しなさい、郁斗」

高らかに胸を張る麻白の頬と耳は淡い紅色に染まっている。なるほど、これはカワイイ。

「あぁ、ほんとに感謝してる。いつもありがとな。正直、麻白がいないとやっていけないと思う」

「なっ……!」

先ほどよりも分かりやすく動揺した麻白に悪戯心が湧く。俺は好きな子をいじめる小学生か。

「ほんと、麻白がいないとやっていけないよなぁ…… 写真部は」

俺が主語を付け足すと、麻白は心なしか眉を下げた。

「あ、あぁ、そっちね」

「どっちだと思ったんだ?」

「いい加減にしなさい、そろそろ怒るわよ」

麻白は腕を組んでそっぽを向き、勢いよくソファに沈んだ。ゲームの中で見たモーションを生で見られる日が来るなんて、と俺が感動していると、玲南が立ち上がる。

「はいはーい、そこまでだよ! ケンカ両成敗、イチャイチャも両成敗! 話が進まなくなっちゃうでしょ! てか、いっくん! 私にも言うコトあるでしょ~?」

「私にもあるんじゃないかしら~?」

玲南と琴葉先輩の圧に押されて、俺は若干尻込みする。

「……玲南、いつもありがとう。琴葉先輩も、いつもありがとうございます。二人がいるから、写真部はやっていけてます!」

俺が言うと、二人は満足そうに笑う。「結局、誰か一人でも欠けてたらだめってことだよね!」と玲南がうまくまとめたところで、話し合いが再開された。


 ※※※


 部室に来たときから時計の長針が二周して、俺と麻白は夕陽の差す道を歩いていた。家に帰る道順などゲームでは分からないので心配していたが、麻白の家が主人公の家の隣だったことを思い出して事なきを得た。が、校門を出てからずっと無言が続いている。気まずい。

「……あー、よかったな、月例会の予定が決まって。麻白は、何を撮るのかもう決めてるのか?」

沈黙に耐えかねて話を振るが、麻白からの反応はない。

「……麻白?」

「えっ、アッ、ハイ、なんですか」

「いや、だから、月例会で何撮るつもりなのかなって……」

「はぁ。何も決めてないですが。えっ、なに、郁斗氏はもう決めたの?」

……郁斗氏?

「いやぁ~、それより、私はソシャゲのイベント周回しなきゃだから。天ちゃんバナーのイベ始まったから、忙しいんすわ」

麻白は小馬鹿にしたように肩をすくめる。なんだその語尾に「w」がついてそうな喋り方は。

「なんか、さっきと喋り方が違わないか……?」

「え、今更? 私が学校でキャラ作ってんのは郁斗氏が一番知ってるでしょ。あれ、ガチで疲れるんだよね。あー、解放感ヤバ~」

先ほどまでの凛とした姿はどこへやら、麻白は四十代男性のようなうめき声を出しながら首を回している。

「キャラを作ってる……?」

「え、なになに、今日はそういう感じ? 珍しく下ネタ言わないと思ったら、ウザさの方向転換でもしたワケ? そういうのウケないからやめときなって。ただでさえ嫌われてるんだから」

ゲームで見たときと全く同じ顔のまま、麻白は麻白が絶対に言わないようなセリフを吐き続ける。俺の脳はとっくに処理落ちしてしまって、頭の中で丸い接続中のマークがぐるぐると回っていた。

「てかさぁ、神楽氏の体調知らないとか言ってたけど、どうせ部屋に入れてもらえなかったんでしょ。神楽氏は郁斗氏のことマジで嫌いだもんね」

こんなのが義兄なんて神楽氏もカワイソーだよね、と麻白は笑う。ゲームの中では、主人公と神楽は仲の良い兄妹だったはずだ。思春期に異性と暮らすことになって気まずい瞬間もあったが、ゲームを進めるにつれて親交も深まり、最終的には恋愛に発展――という義兄弟ものの王道ストーリー。部屋に入れてもらえないほど嫌われているなんて設定は、聞いたことがない。いや、それを言うなら、麻白がこんなにオタクだということの方が信じられないが。

 思考がまとまらないまま歩いていると、どうやら家に辿り着いたらしい。

「じゃ、これで。あ、くれぐれも体調悪い神楽氏にストレスかけないように」

「……あ、うん。また明日。気を付けて帰れよ」

って言っても家隣だけど。とっさに出た俺の言葉に、麻白は顔を顰めた。

「え、キッショ。急に変な気つかうのやめてもろて。鳥肌立ちましたわ」

麻白はそそくさと歩いていく。別におかしなことは言っていないはずだが、それすらも気味悪く思えるほど普段の主人公の行いは悪かったということだ。ますます嫌いだ、あいつ。

 麻白の家と俺の家は、ゲームで見たままの風貌をしていた。俺がこの世界に来る前に住んでいた家より、一回りデカい一軒家。麻白の家は、それよりもう一回りデカい。ドリぷりをプレイしていたときは、麻白は生粋のお嬢様なのだと思っていた。しかし、あのオタク口調はとてもお嬢様には似つかわしくない。この世界はドリぷりの世界だと思っていたが、実際には違うのか? それとも、知らなかっただけで麻白には裏の顔があったのか?

 『神楽氏は郁斗氏のことマジで嫌いだもんね』

ゲーム上では、神楽は品行方正な、一年生の憧れの的だった。上品でおしとやかな性格のなかにたまに見える年下のかわいらしさが、仕事に疲れた中年層に刺さっていたと聞く。かく言う俺も、「お兄様、無理はなさらないでくださいね! お父様もお母様も、もちろんわたくしも、お兄様のことが大切なんですから!」という神楽のセリフを聞いたときはぐっと来たものだ。そんな神楽が、「マジで俺を嫌い」? いやいや、それはないだろう――と言いたいところだが、何せ相手はあのクソ主人公なので、心当たりがありすぎる。あのクズ男と年頃の女子がひとつ屋根の下で暮らして、果たして何も起こさないなんて奇跡があるのだろうか。そりゃあ嫌われていても仕方がないだろう。

 家のドアを開けると、おかえりーという朗らかな声が聞こえてきた。間取りが分からないまま勘で扉を開けると、そこはリビングだった。キッチンからは香ばしい匂いが漂っている。母と思われる女性が、フライパンのなかの食材をひっくり返しながら「今日は生姜焼きよ」と笑った。

「そうだ、神楽ちゃんの様子を見てきてくれる? おかゆ作ったんだけど、食べられるかしら」

母に言われてリビングを出る。たしか、神楽の部屋は二階だったはずだ。

 「神楽―……? 入るぞー」

ノックしてから扉を開くと、神楽はベッドで寝息を立てていた。部屋は白とピンクのツートンカラーで整えられている。ゲームで見たことはあるが、なんというか、想像通りの部屋だ。

 枕元に近寄ると、神楽の寝顔が見えた。額にうっすらと汗が浮かんでいる。寝かせておきたいのはやまやまだが、食欲があるのならなにか口に入れた方がいいだろう。肩を軽く揺らすと、神楽は「んん」と掠れた声を出しながらゆっくりと目を開いた。

「おはよう。母さんがおかゆ食べられるかって」

目を擦りながら体を起こした神楽と目が合う。途端に、神楽は眉をひそめた。

「部屋入ってくんなっつったろ! キモすぎ。早く出てけよ。あんたの顔見てるとマジで気分悪くなるわ。マジ最悪。ファッキュー」

神楽は俺を睨みつけながら中指を立て、再び布団に潜り込む。

 ……なんかキャラ違くない?

 嫌われてるってこういう風に? 俺はてっきり、「もう、お兄様! 勝手に部屋に入ってくるのはおやめになって下さい! 怒りますよ!」みたいな感じかと思っていたんだが。事態は想定よりも深刻なのかもしれない。麻白もヘンだったし。ドリぷりのヒロインの中で一番言葉遣いが丁寧なはずの神楽が、まるでヤンキーのような口調で俺に中指を立てた。ここ数年で一番の衝撃だ。ただ単に寝起きが悪いのか? いや、あれは寝起きとかいうレベルじゃなかったよな。

 俺が唖然としていると、神楽が再び起き上がる。

「早く出てけっつってんだろ。シメられてぇのか⁉」

「あ、えっと、だから、食べられそうならおかゆあるって。母さんが……」

今にも俺に殴りかかってきそうな勢いだった神楽は、「母さん」という言葉を聞いて舌打ちした。

「わぁったよ。食うから一刻も早く出ていけ。何にも触らずに出ていけ」

しっしっと追い払うジェスチャーをしながら、神楽は頭を掻いている。おぉ、ドリぷりでは絶対に見られない行動だ。いや、別に見たくはなかったけど。

 神楽が来ることを伝えてリビングで待っていると、少しして神楽が二階から降りてきた。先ほどまでぼさぼさだった髪の毛は綺麗に整えられている。

「神楽ちゃん、調子はどう? 食欲はあるかしら?」

母さんが頬に手を当てて尋ねると、神楽はにっこりとほほ笑んだ。

「ええ、だいぶ良くなりましたわ! おかゆがあるってお兄様に聞いたら、なんだかお腹がすいてきました」

「えぇ……」

思わず漏れ出た俺の声に、神楽がこちらを見る。ヤバい。

「なんですか、お兄様?」

部屋にいたときとは別人のような笑顔で神楽は首を傾げた。ホントに同一人物なの?

「はは、なんでもないよ」

そう言って笑ってみたが、顔が引きつっているような気がする。神楽は一瞬目を見開いたあと、すぐにいつもの顔に戻って「もう!」と頬を膨らませた。


 To Be Continued.

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