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7話 異方無天将セレンデールと子煩悩の魔王

「「それは――」」


 ――と、アリンと同じ台詞を全く別の場所、はるか彼方の魔界の地でサファローラが口にした。


 遠見の水晶が映し出す勇者と姫の姿を見ながらガラドナルへ説明する。


「調べによるところ、アリン王女は偶然にも戦場でその才能を見出したそうです」


「ほう、王族のそれも姫が戦場へ?」


「はい。騎王国シャトロマの風習で、王族が戦地に赴き兵たちを鼓舞、激励します。姫のいる部隊は守りの厚い最後方でありましたが、その隊の中に敵国の間者がいたのです。相手国が年単位をかけて仕込んだ暗殺計画だったというわけです」


「なるほど。たしか騎王国は軍事大国だったか、正面切っての戦では勝ちの目がないと見て暗殺の一点に賭けたわけか」


「ええ、仰る通りです。騎王国とその相手国は国境付近にある鉱山の採掘権で長らく揉めておりました。騎王国側が話し合いの舵を武力解決へと切り始めた頃、敵国がいつか起きるであろう戦争に備え潜り込ませたのでしょう」


「ふむ。して、姫がその間者を切り伏せたと」


「はい。突如として沸いた曲者を狙われていたはずの者が自身の手で排除した。小話としてはそれで充分でしょうが、興奮冷めやらぬアリン王女はそのまま自分で馬を駆り、『突撃』と、勝手に号令を出します。そのまま先陣を切って自ら敵国の大将を討ち取り、小話は逸話へと昇華しました」


「まるで英雄だな。それほどの剛の者には見えなかったが」


「まるで、とはお言葉ね。それでは私が紛い物みたいだわ」


 サファローラの声ではなかった。静まった水面を思わせる彼女の声よりも、もっと活力のある気の強そうな跳ねた声、踵の高い靴をカツと鳴らし暗がりから現れたのはアリン姫そのものだった。


 姫は、床を撫でそうなドレスの裾をひらめかせ悠々と歩いてくる。


 城で着ていた落ち着きのある装いではない。鮮やかな赤いドレスは胸元が大きく開き、式典に出るような華やかな装いだ。口調、姿勢、堂に入る王族の所作、丁寧に結い上げられた金の髪はその一筋に至るまで輝かしい。


 ガラドナルとサファローラが水晶で覗き見たアリンと寸分たがわぬ姿が目の前にあった。


 サファローラの反応は冷ややかだった。いや、冷めてすらいなかったのかも知れない。


 先ほどまでと何も変わらず、対応の温度もそのまま何も言わずに闖入者を見ていた。対するガラドナルはと言えば、腹に据えかねていたのがありありだった。


「人の身でここへ辿り着ける者がおろうとはな。……いいだろう申し開いてみよ」


 と、ガラドナルのそれを聞き、サファローラの顔がようやく崩れる。口の端から漏れたヨダレは「え?」と信じられない溜息の声を含むようだった。


 申し開き? とアリンが首を傾げればそれが皮切りとなる。


「白々としおって……。貴様っ! レバンに近すぎるぞ!」


 サファローラがアリンの登場よりも飲み込めないのは魔王のこの態度だ。


「どこぞの王女か何か知らんが、我の目が金色のうちはレバンとの仲は許さんぞ! まったくベタベタしおってからに、王族としての誇りはないのか、あぁいやらしい! これみよがしに部屋に呼んだかと思えば湯上り! 何を考えておるのだ! いいやナニを考えていたのだ! 大体レバンはお前のような――」


「あの」とアリンが固まりながらようやく声を出したが、ガラドナルは止まらない。


「ただの王女が魔賊の王子と結ばれるなどあってはならん。許されざる行いだ。神が許そうが我が許さん、そして我はそもそも太陽神を滅ぼし、我こそが神である。故に、貴様に告げよう。まさしく神のお告げ、平伏せよ崇め奉り心して胸に刻め、息子はやらん。以上だ帰れ、家に帰れ、いや土に還れ、いいやそうだ今こそ我が軍を上げて人類を灰に還し――」


 はあ、と大きく長い溜息がガラドナルの長台詞を遮る。サファローラが落胆の表情だ。


「ガラドナル様、嗚呼……ガラドナル様。姫の話をお聞きの時は……少しは昔の勘が戻ってきたかと思いましたのに……。セレン、はやく戻しなさい。貴方も主の醜態はこれ以上見ていられないでしょう。私はもう見ているだけで恥ずかしくて居ても立っても居られません」


 セレン? と魔王が家臣の名をようやく思い至る。


 アリンの姿がぐにゃりと形を変える。


 寸前までアリンであったモノが色を失い、形を崩し、真っ黒の人間大の粘土のようになり正体を現す。その者の名はセレンデール。変形と変質の能力を持った影の将。


 四天将の管理者として造られた異方(いほう)無天将(むてんしょう)セレンデールである。


「久しぶり、です。ガラドナル様、サファローラも」


 アリンとして人の生きた表情を浮かべていた彼女は全て演技だ。


 顔は無表情、声は無愛想、体は長身痩躯で所々に光を吸い込むような黒靄がかかっており、靄の隙間から覗ける様子では体つきこそ女性的だが表に出る態度は色気とは縁遠い印象だ。


 一見すれば綺麗な顔をした人形という表現が近い、が。


「ちょうど十五年振りですねセレン。相変わらずのようで」


「うん、セレンは感情がないから……」


「相変わらずその設定なんですね。私たちの前くらい素で話してくれていいんですよ?」


「……? なに言っているのか分からない」


「さっきから感情がない割にチラチラとガラドナル様の様子を伺っているじゃないですか。まあ一〇年振りですからね、挨拶もまだなんでしょう?」


「セ、セレンは感情とかないから」


「そうですか。では先に私の用を済ませてもいいでしょうか? 勇者一行の予想進路に向けていくつかの準備をしておきたいのですが、ガラドナル様との打ち合わせが小一時間は続きますよ?」


「それは困る。セレンもガラドナル様に報告したいことが山積み。一〇年振りなのに、これからまだ一時間も待つのは、さすがにちょっとムッとする」


「感情がない癖になにムッとしているんですか。もう少し設定を守ってください」


「い、いや、違う。スンっとしただけ、無感情だから」


「……まあいいでしょう。愚かな可愛い末妹に先を譲りましょう」


 サファローラが珍しく相好を崩す。悪戯的な笑みで細められた目がセレンデールに向けられ、無感情らしい彼女は口を尖らせるのだった。サファローラはセレンデールの不器用なところを好ましく思っており昔からこのようにからかいがちだ。


「ガラドナル様、久しぶりです。本当に」


「姫の正体はセレンデールであったか。お前の擬態能力をすっかり忘れておったわ、許せ。しかし一〇年振りだというのにお前もサファローラもよく働いてくれているようだな。活動の仔細を語ってくれ」


「わ、忘れ……。いえ、驚いてない。か、感情ないので……。ええとその、報告……」


 セレンデールの感情がただ漏れなのは置いておき、仕事はきっちりこなす彼女が主への報告を直前で言い淀む、これにはしっかりと訳があった。気遣う視線の先はサファローラだ。


「席を外しましょうか? セレンの任務は秘密が多いですものね」


「いや、大丈夫。ガラドナル様が耳打ち、お嫌じゃなければすぐ終わる」


「む、こしょこしょ話か。我は耳が弱いのだがなぁ」


 内容的には数分で済む程度の報告だったがサファローラは一応、目線を二人から切っておいた。セレンデールが行ってきた仕事はおおかた予想がつく物だ。


 彼女が担当する主な仕事は魔王の影武者、敵陣への潜入、成りすまし、偽装工作……と、変形・変質の能力を使った物が多い。ガラドナルが言っていた「まるで英雄だな。それほどの剛の者には見えなかった」とは、サファローラも感じたことだ。


 いかに才があろうとも初の戦場で温室育ちの姫が敵将の首をその手で討てようか? サファローラは否と断ずる。だからこそ、セレンデールの登場で謎は解けた。この一〇年の間、能力を使って要所でアリンと入れ替わっていたのだろう。


 視界の端で報告が終わったのを確認し、サファローラが思い出した小言を投げた。

「ガラドナル様、こうしてセレンが戻ってきたことですし、これ以降は安易に人族の前に姿を現すのはお止めくださいませ、いいですね?」


 む、とガラドナルが少し顔をしかめる。騎王国で姿を現した件を言っているのだろう。


「サファローラよ、気を揉み過ぎではないか? 千年前ならいざ知らず今の我に敵う者など、天地どころか異界にもおらんだろう。現にもう太陽は登らんのだ」


「体は鍛えられても、心までいつまでも高くあることは難しいでしょう。そして人族の力は魔族のそれと比べ、力こそ弱いものの変わり種が多いことは身をもってご存じのはずでは?」


 実際に白面鏡によって衆目へ晒されたことはガラドナルにとっても驚嘆に尽きる出来事だった。


 単純な戦闘能力だけであれば彼我の差は歴然、それこそ本当に千年の差があろうが、ガラドナルが扱った化け術を見破れる道具があること、力の持つ特性が変われば魔王にも届きうるのだという証明にガラドナル自身も思うところはあった。


「いいですか? お強いガラドナル様。単純な力比べであれば何も心配しておりません。万の兵も貴方様にとっては腕の一振りで散らせるでしょうが、あれらも馬鹿ではありません。覇道の勇者の時はいくつもの力と時の運、そして入念な準備と工夫によってガラドナル様は敗れました」


 ガラドナルの長い魔生においても戦闘で『負けた』と言えるのは覇道の勇者の一件限りだ。


 もはや大昔と呼んで差し支えない年月が経っているが、唯一の汚点を引き合いに出されてはガラドナルも言い返したくなるものだ。


 もし今、あの窮地に今の自分が立たされたとしても覆せるだけの実力が備わっている。それは売り言葉に買い言葉ではなく客観的な事実だった。


 だが、まだも続いたサファローラの言葉が言い返すことを許さなかった。

「……もう嫌なのです。いくら蘇ると言ったとて、例え一時であろうとも、我が君に侍ることができないとは、あまりに苦しくございます」


 心からの忠心、願い。まさか小言の延長線上に芯を食う言葉が出てくるとは思わず、いつもなら「我の勝手だろう」と一蹴していたガラドナルが静々と頷いて返すのだった。


 セレンデールの能力であれば勇者の前に魔王として姿を見せることも、例えばアリンとして友好的に関わることも容易い。


 セレンデールの変形・変質の能力はどんな物にも瞬時に形を変えることが出来、かつ主のガラドナルと意識の同期、そして行動の主導権すら渡すことが出来るのだ。まさしく影武者、形を完全に真似することが出来るばかりか、振舞いですら魔王そのものとなる。


 これは四方大天将以下の階級には知らされていない秘匿事項である。


 サファローラが胸のうちを明かし、どこか神妙な時間が流れた。自然、室内にあった動く物へ、台座に置かれた彼方の景色を映す水晶へ視線が集まる。


「む、そろそろレバンくんが不知森に着きそうだな」


 ガラドナルが平然とレバン『くん』などと呼んでいることへセレンデールが意表をつかれた顔をしたが、サファローラは処置なしと肩をすくめるだけだった。


「それよりいいんですかガラドナル様。結局のところアリン姫とレバン『くん』の距離が近いことは変わらないのでは?」


「フッ……もう良いのだサファローラよ。我は魔族の長であるぞ? そんな小倅ごときにいつまでも構っていられぬわ」


「……。そうですか。また随分と打って変わったご様子ですね。ねぇセレン?」


「セレンに聞かれても困る。セレンは感情がないから」


「今の質問は感情の有無に関わらないと思いますが、まあいいでしょう」


 一応、ガラドナルとセレンデールのやり取りは極秘事項なのでサファローラもわざわざ突っ込んだりはしない。セレンデールへ行われる王命勅令は組織の中枢であるサファローラにさえ情報が公開されることはない構造となっている。


 影武者は深い闇の中でこそ輝くというもの。魔王と四方大天将という圧倒的な個人の武力を除いたとしても、大陸全土に敵はいないと言える魔王国の強さの秘訣は、サファローラの徹底した守秘と管理によるところが非常に大きかった。


 魔王の側近として在る自分に誇りを持つサファローラだが、そうは言っても業務量は多い。日々こなしていく仕事もそれなりの量があるというのに、最近は勇者への対応という新たな、しかも荒れそうな匂いがプンプンする仕事まで増えたので息つく暇もない。


 あまり面倒はかけてくれるなよ、と。

 魔王とは全く種類の違う思いで水晶が映す景色を観察するサファローラであった。


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