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6話 神鳴りの勇者

 レバンとアリンが草原を行く。


 つかつか、と。互いに遠慮のない速度なのは相手を信頼しているからではなかった。

 感情が足を動かしている。


 騎王国に広がる広大な草原は輝くような瑞々しい新緑をしている。旅人たちから『光の草原』と呼ばれるほどの景勝地(けいしょうち)なのだが、今の彼らにはただ延々と続く緑野でしかなかった。


「ねえレバン、どうだったのかしら? どんな気持ちだったか教えて下さらない?」


「だから……どうもこうもないって言ったろ、挨拶だろうが、あんなのは」


 徒歩、というよりは走り出す寸前くらいの速さで二人が競り合っている。若干だけ前を行くのがレバン。追うようにして……というより心情面を見ると追いかけ問い詰めているのがアリンだった。


「挨拶ですって? まったく呆れるわね。あなた、そんなに社交界に詳しいようには見えないけれど? どう見たって挨拶なんて……少なくともあちら側はそう思っていなかったわよ」


「もう、うるさいな! 別にいいだろうが、こっちは命を救ったんだからキスの一つくらいでギャアギャア言うなよな!」


「……なんて不埒な……これだから田舎者は……あり得ない……」


 喧嘩の種はこうだった。二日前に街へ寄り、色々あって街を牛耳っていたチンピラ共を成敗したのだが、その街を治めていた貴族家の娘にえらく懐かれ、別れ際に不意打ちのキスをされたのだった。


 それからというものアリンはレバンに事あるごとに突っかかる。


「こら、待ちなさいレバン! 私を見なさい」


 ついには駆け出し、レバンの前に腕を広げて通せんぼし始めるアリン。流石の強硬策にレバンも止まらざるを得ない。


「今度はなんだよ!」


「よく見なさい。自惚れではなく、客観的な事実として……私もけっこう可憐だと思うの!」


 だから何だよ、それはどういう意味だよ、とレバンが返す言葉に詰まる。アリンのこの堂々とした振舞いは血のなせる業なのか、それとも本人の気質によるものなのか、確かに旅路の汗と埃に塗れ、長い髪を後ろで雑にまとめただけの姿であってもアリンは綺麗で可愛かった。


「アリン……おまえ……」


 その先は言い出せない。アリンの方も分かりやすくそっぽを向く。互いに憎からず想っているのは分かるのだが、そうは言っても一歩を踏み出すのは勇気のいることだった。


 街での騒動を共に乗り切り、背中を預ける相手としての信頼感や、二人だけの旅の中、夜空を見上げて雰囲気の良い時間を過ごしたりもしたものだが、こればかりはすんなり進む話ではなかった。


「……そろそろ歩こうよ。僕はもうけっこう疲れた。この草原、まだまだ長いんだろ?」


 踏み込んだことを言いそうになったレバンが、甘酸っぱい沈黙に耐え切れず日常を取り戻そうと喋る。


「……そうね。日が暮れるまでには休めるところを探しましょう」


 歩幅も距離も小休止、普通の歩調で隣り合って進みだす二人、風が汗を撫でていくのは気持ちよかった。


「まずは(おう)(てん)(せき)か」


 ひとまずの目標を口にし、レバンがはるか遠くに聳える山の連なりを睨む。


 人間の世界から魔界へ入り魔王と対峙するためには、大陸の中心を分断する山脈を超えなくてはならない。山々の名は断崖(だんがい)連峰(れんぽう)と呼ばれている。


 異質なほどの急斜面であり足でいくなら山の谷間を抜けられる場所は一か所に限られる。そしてその一か所には……。


「人と魔の世界を別つ結界がある……。そして王典石に込められた魔力があれば、断崖連峰の結界を破れるというわけか」


 レバンが言う通り、断崖連峰を抜けられる場所には強力な結界が張られている。


 その結界を破るためには王典石という、古代の王達が手にしていた四つの宝石を手にする必要がある、とアリンから教わったわけである。


「ちなみに魔界に行くには結界を突破しなきゃいけないって、これ常識だったりするのかな? 僕はアリンから聞いたのが初めてだったし、僕ひとりなら知らずに行って結界の前で立ち往生してたかも」


「王族や貴族の間ではよく知られた話だと思うけれど、市民にはあまり伝わっていないと思うわ。隠しているわけではないのだけれど、あまり大々的に知らせると王典石を狙う者や、結界をどうこうしようとする者も増えるでしょうしね」


「なるほどね。……石はあと三つか、ちゃんと見つかればいいけど……」


 一つ目の王典石はアリンが家から持ち出した『深淵の翠玉』と呼ばれるエメラルドだ。白面鏡と並ぶ騎王国の国宝の一つであり、偶然持ち出したことは国家的な大問題だが、旅の滑り出しとしてはこれ以上ない始まり方である。


 これから向かうのは断崖連峰の支脈にあたる槍ヶ(やりが)(ぼね)(だけ)である。北方の尾根に聖堂があり王典石の一つ『虚空の金剛石』が納められているのだそうだ。


「それでレバン、槍ヶ骨岳へ行くには二通りの行き方があるのだけど。安全な代わりに遠い道と、危ない代わりに近い道、どちらがお好み?」


「騎王国ならアリンの方が道を知っているだろうし、決めてもらって構わないけど。危ない道がどれほどの物によるかな、どこを通るつもりなの?」


不知(しらずの)(もり)を通るのよ」


 騎王国の人間ではないレバンでも知っていた。その禁足地、その名を聞いただけで背筋が寒くなる。不知森へ入って帰ってきた者はいないと伝え聞く。近隣諸国でも指折りに恐ろしいその場所が出てくるとは思わなかった。


「……本気で言ってるのか?」

「さすがの貴方も尻ごみするのね。玉座の間の大立ち回りはどこへ行ったのかしら?」


 いやお前、と反論しかける声をアリンが上から被せる。


「不知森の最奥には、勇者を待つ聖剣がある」


 酒場の席で聞いた泡のような話ではなく、騎王国にある武器収集の組織が得た情報だそうだ。


「収集部隊が不知森の端を通った時、偶然にも、不知森に住み森を守り続けている一族と接触できたのよ」


 人を寄せ付けない地は、どうして寄り付かせなくなったのか、もしもそれに理由があったのだとしたら? 人の世から隔絶された場所は何かを守るのに打ってつけなのではないのか。


 聖剣を守るために不知森があったのだとしたら、アリンの話が真実味を帯びてくる。


「どこまで信じていいものか迷うな……。聖剣の話もだし、勇者を待つって言われても、だいたい僕が本当に勇者なのか、それだって僕自身に絶対の自覚なんて物はないよ?」


 騎王国で白面鏡を奪還し、魔王と対峙し、通りすがりに街の賊共を一掃したことから、ここ最近のレバンは勇者として人々に認知され始めていた。魔に立ち向かう勇なる者、その証と言われる左手の甲の聖痕を、レバンが指でさすった。


「いいじゃない。貴方の生き方と考え方は勇者そのものよ。これからも神鳴りの勇者(かみなりのゆうしゃ)の名に恥じない行動を心がければいいのよ」


「その、通り名みたいなの止めてくれよ。そんな大層なもんじゃ……」


 とはいえ、神鳴りの勇者という呼ばれ方はレバンの身の証をする最も確実な方法だった。


 雷の語源は「神鳴り」である。レバンが神に選ばれでもしていなければ、その身で雷撃を放つなんて超常現象を扱うことは出来ないだろう、とアリンは言うのだった。


「そういえばずっと気になっていたのだけれど、その左手の雷ってどうやって出しているの?」


 どうやって、と言われてもレバンにとってそれを上手く伝えることは凄く難しい。故郷の村でも何度か人に聞かれることがあったが、その度に回答を窮した。


「なんていうのかな、雷を使うための内臓が左手にある感じ……っていうのかな。伝わらないと思うけど。僕はね、右と左の手で感覚が全然違うんだ。これは今までに人と話した時の経験則なんだけど、ただの左右の差だけじゃなくて、重みとか、自分で感じる大きさとか、触れた時の感触とか、僕にとって右と左の手の感覚って僕以外の人とはかなり違っている気がしてる。たぶん雷をため込んでる内臓?っていうのがあってるのか分からないけど、それがある分の違和感が、普通の人より増えてる感じで……その内臓の中身を出すと雷が出てくる……っていう表現が近いかな。ちなみに言うと、この左手の甲にある痣ところが雷の吐き出し口になってる」


「ん、聞いておいて何だけど、確かにピンとこないわね」


「だろうね。雷の話とは少し方向が変わるけど、僕からするとアリンが扱うレイピアの方が気になるよ。騎王国の剣術とはけっこう違いがあるよね」


「そうね。やっぱり筋力で男と拮抗するのは分が悪いから、私は一点を突き詰めて剣を覚えたの。文字通り、点での攻撃、戦う時のほとんどは突きしか使わないわ」


 騎王国での一件と、この旅の中でも練習がてらアリンと剣を合わせた時にレバンがいつも感じていたことだ。突きだけを使う戦い方は一辺倒になりがちだが、それを補う多彩さがあるのだ。


 横に凪ぐ大振りも縦に割る一閃も、常に次手で突き殺すために備えた動きをしている。そしてまた何度も反復された突きの動きは抜刀から相手に到達するまでが異様に速い。


「そう言えばお姫様がなんでここまで剣を使えるのか聞いてなかったね、どうして?」


「「それは――」」


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