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5話 四方大天将

 生まれたての勇者の調査が始まってから三日が経った。


 魔王が部下のサファローラにそわそわと聞く。

「まだか? まだなのかサファローラ? あの二人はまだ戻らんのか? もう我が迎えに行っちゃおうかな⁉」


「おやめください。私は構いませんが周りが慌てます」


 本日、日の最も高い頃に四天将の二人、ダイアドーガとエメラシーナが帰ってくることになっている。魔王が十年振りに臣下たちへ顔を見せたことで魔王城の大広間は魔族でごった返していた。


 ちなみに三万を収容できる地下に作られたこの大広間は別名:寝返り大墳墓(だいふんぼ)と呼ばれている。


 大昔にガラドナルが酒に酔い、ふらふらとこの辺りの地べたで寝こけてしまい、寝返りと共に寝ぼけて地面を殴りつけ、付近一帯にあった墓ごと地面を抉って大穴を開けてしまったからである。せっかく穴を開けてしまったので土木工事の工程が減ったとしてこの地下大広間の建設に至ったのだった。


「いやしかし、我の部下ってこんなに居たのだな」


 荘厳なる広間へ集まり整然と並んだ色とりどりの魔族たちを大階段の上から見下ろす。


「何を言っているんですか、もっと居ますよ。ここじゃ三万しか入りませんから」


「え、まだ居たのか……」


「ガラドナル様の興した国なのですから兵の数くらい頭に入れておいて下さいませ」


「仕方がないだろう。人族の国のように支配や独占、集団自衛とは元から趣旨が違うのだ。我の国とは我の望まない雑事を代わりにやる組織のことだ」


「ですからこうして私が身を粉にして働いているのですね」とサファローラは上品な悪態をついたが、「おーよしよし」とガラドナルが子をあやすように頭を撫でてきたので鬱陶しそうに振り払った。


 ちなみにサファローラは感情の変化で体の水の温度や色が変わる。今はほんのり桃色だった。言うまでもなく桃色は喜んでいる証である。


「む、来たか」


 整列した軍隊の端が騒がしくしている。四天将の帰還を称え、踵を打ち鳴らしているのだ。

 地の底で響く三万の轟音の中、兵士の海を割って二つの将が近づいてくる。先に階段を上がり姿を見せたのはダイアドーガだった。


「ガラドナル様ァッ! お久しぶりでございますッ!」


 すでに号泣である。ダイアドーガは大地と結び付きの強い魔族だ。


 見た目を簡単に表すなら動く石像、サファローラは体の構成が殆ど水で出来ているのに対し、ダイアドーガは石や岩、砂などの大地と接する物で体が作られている。


 体の構成材料を自身の体内で生成することが出来るため、石と岩を多めにして圧縮すれば全身を宝石の姿にすることも出来、また大地と接するものとして樹木や植物を体から生み出すことが出来る。


 ちなみに砂や土、植物を表面に生成するとちょっとした振動でポロポロと散らばって周りを汚してしまうため、通常はつるりとした石像状態で過ごしている。


「ガラドナル様ッ! よくぞ……よくぞご無事で!」


「いや別に我はなにもしとらんから、危ないこともしておらんしな」


「いえ、ご子息のことです! ご無事でしたァッ!」


「あ、ああ。そっちか。ややこしいにも程があるし、それだと号泣の意味がピンと来ぬわ」


 ダイアドーガは武人であり、そして些細なことで感極まり泣くという癖があった。ちなみに泣くときは涙腺から宝石を分泌して泣くので、幼い頃は四天将のルヴィオードに無理やり泣かされて小遣い稼ぎに使われていたこともあった。


「この階段……長すぎる……」


 エメラシーナが遅れて階段を上がってきた。


 ほとんど空中を飛んで生活しているため階段を足で上がるのは疲れたのだろう。嵐や旋風と結び付きの強いエメラシーナは女面鳥身の姿をしている。


 気ままな風のような性格をしており、人族にちょっかいをかけるのが好きなので、人族からも認識されている。人の付けた呼び名が「有翼の乙女ハルピュイア」であり「進むべき道」と「行き過ぎた悪戯」という天使と悪魔のような二面を持つ半魔半神の扱いを受けている。


 ちなみに昔は胸も尻も丸出しで人族の前に姿を現していたのだが、人族の文化や風習を学ぶうちに何となく恥ずかしくなり秘部だけは羽毛で隠すようになった。


「ガラドナル様~!」


「相変わらずふわふわしておるな、エメラシーナよ」


 翼のついた腕でエメラシーナが魔王を抱きしめるが、体格差があるので抱き着いている構図になっていた。サファローラやダイアドーガと比べてエメラシーナはやや幼い性格をしている。


 本人いわく四方大天将で最後に造られた末っ子だから仕方のないことだと言っているが、最も若いエメラシーナでさえ二〇〇〇歳を超えるのでただ単に気質が子供っぽいだけだと言える。


「離れなさいエメラ、無礼ですよ」


「久しぶりなんだから大目に見てよ~……サファちゃんだって何かちょっと桃色だし、あたしらが居ない間にガラドナル様と仲良ししてたんでしょ~」


「いいえ、エメラとダイアが帰ってきたので嬉しくて桃色になっただけです」


「え~何ソレかわいい! ハグしたげるっ!」


「……」


「なんで色もどるの?」


「……さて、ガラドナル様、揃いましたので宴を始めましょう」


「おや、ルヴィオードは良いのか?」


「ルヴィはやはり行方が掴めませんでした。エメラとは別の意味で単独行動の多い問題児ですからね、放っておきましょう」


「ルヴィオード不在の宴ッ! ああ弟よ! なんたる不憫ッ!」


「なに号泣しながら真っ先にグラス持ってるんですか」


「ねぇサファちゃん、なんで色もどるの?」


 ガラドナルが自然と笑みを零す。


 一〇年の歳月を経ても以前と変わらないこのやりとり。四方大天将とは魔王ガラドナルが生み出した自らの小さな分身と言える存在だ。人族で言えば王の息子や娘にあたる彼らたちだが、一般的な王家の会食というのはもっと厳かに行われるはずだ。種族と文化の違いは同じ君主制をとっていてもここまで色が異なってくるのである。


 では乾杯、とガラドナルが「お昼でも食べますか」の軽さで挨拶をして三万の魔族が一斉に杯を掲げた。


「それで、成果のほどは?」


「すごく可愛い子でしたよ~」

 とエメラシーナが評し、

「ガラドナル様と瓜二つの禍々しいお姿でした」

 とダイアドーガが評した。


 言い添えておくが魔族において「禍々しい」とは猛々しいと似た意味を持つ誉め言葉である。


「写し絵か何かないのですか? 遠見の水晶は置いてきたのでしょう?」


 サファローラが器用にも麦酒を喉に流し込みながら話す。ほとんど液体に近い彼女が何か飲みながら話すのは他の者が息を吐きながら喋るのと同じくらい造作ないことだ。


「もちろん、ちゃんと置いてきたよ。でも水晶の方はもう何日か掛かるかも、付近一帯の魔力がとても少ない土地でね、こっちの水晶と繋がるまで時間が必要だと思うよ~」


「写し絵はこちらになりまするッ」


 ダイアドーガから渡された写し絵の紙をそわそわしながら見るガラドナル。サファローラからすれば「可愛い」も「禍々しい」もいまいちそぐわない印象だった。


 第一に思い浮かべた単語は「凛々しい」であったのでそう口にしたが、

「うむ、我もちょうどそう思っておった。なかなか凛々しい顔つきをしておるではないか!」

 我が君と同じ意見を得たことに少し嬉しく思い、フッと妙に誇らしげに笑うサファローラであった。


 ――エメラシーナとダイアドーガが調べてきた内容をまとめていく。


 勇者の名前はレバン・バーナード。


 旅芸人の踊り子である母:ルテラ・ゼラ。

 おなじく旅の武芸者である父:デインネール・ダフネスとの間に出来た子である。


 艶のある黒髪は母譲り、焼けた鉄のような赤い色の瞳は父譲りだ。


 生まれてすぐ田舎村の孤児院に預けられ、貧しくも逞しく生きてきた。この時代の孤児と言えば大抵は満足に食事も摂れず痩せた子供が多いものだが、レバンは森と野山を知る子供だった。


 自然がもたらす恵みに育まれ十五になるまで飢えも知らず純朴にまっすぐ生きてきた。


 とある日、いつものように狩りに出かけ森で一夜を過ごしたが、故郷の村はレバンが不在にした一夜にして滅ぶ。魔族の仕業だった。


「まさかうちの者ではなかろうな」と、ガラドナルが聞く。


「ありえませぬな。低級・低俗な野盗まがいの野良犬共でございます。村を襲った後、そのまま居座り、帰って来た勇者に討たれたようで、いくら勇者と言えども戦いのいろはを知らぬ十五の子供に敗れるような雑兵が我が軍に居ようはずもありませぬ」


 万に一つもないと言い切るダイアドーガ。


 人族の領域内で活動する魔族は数が知れており、ある程度の団体であれば魔王軍側が把握しているため、自軍の兵が起こした件でないのは明白だった。


「自分の故郷がこうなっちゃったので、魔族のことはすっごく恨んでるみたいですよ~」

 と、どこか楽し気に話すエメラシーナ。


「魔族の仕業だとて、全ての魔族が同じとは思わんで欲しいものだな」


 その台詞を聞いた四天将が一斉にガラドナルを注視した。


 台詞の内容こそは一般的な話であったが、それに乗る感情面が珍しく強かった。ひどく悲しそう、といえば聞こえはいいが、もっと内面を暴いた言い方をすると「嫌われたくないなぁ」の副音声が聞こえるようだったからだ。


「まだ会ったこともありませんのに、随分とご執心ですね」


 打って変わったサファローラの涼しげな声。


「なんだ、嫉妬か? サファローラよ」


「いいえ違います。珍しいと思っただけですよ。ガラドナル様が気に掛ける存在は滅多にいないじゃありませんか。魂を分けた子はさすがの魔王様でも愛おしいのですね」


「愛おしい、とは少し大げさだが、気持ちの向きとしては外れておらんな」


 サファローラの体が少し紫色に変化する。機嫌が悪くなると紫を帯びるのだが、桃色の時と違って誰も指摘しない。サファローラは四天将でも随一の嫉妬深さなのである。


 特に、ガラドナルがサファローラよりも誰かを優先した時などは荒れ方が酷い。今のこれは目に見えた地雷なので誰も踏み入らない。


 普段はお小言も多く、寸鉄の厳しさでガラドナルを窘めることも多いサファローラではあるが、誰よりも我が王を深く愛し、尽くしているのもまた彼女であった。性格と献身振りからガラドナルのすぐ横に控えているのが彼女の仕事であり、また彼女にとってそれが最も望む形なのだった。


 荒れそうだ、とダイアドーガは決して口にはしないが思う。最も古くに造られたダイアドーガは二番目のサファローラと理性的な部分で話が合うが、エメラシーナとルヴィオードは前の二人に比べて奔放なところがある。


 現在、行方の知れていないルヴィオードには特に注意して置かなければ、とダイアドーガは気を揉むのであった。


 ちなみに四方大天将は作られた当初、魔王城を中心地とした四方、つまり東西南北を守護する将軍であった。今ではその任も解かれサファローラ以外の三名は比較的自由にやっている。


 造られた順に……

 北方地天将(ほっぽうちてんしょう)ダイアドーガ

 東方(とうほう)水天将(すいてんしょう)サファローラ

 南方(なんぽう)火天将(かてんしょう)ルヴィオード

 西方風天将(せいほうふうてんしょう)エメラシーナ

 ……というのが、四方大天将それぞれの正式な役職名だ。



「最近、宝石とかアクセサリー集めに凝っててさぁ~」


 銘々に食事を楽しみ、勇者について話すこともそろそろ無くなってきたか、というところでエメラシーナが自分の話をし始めた。確かに尾羽にいくつかの装飾品がきらりと光っている。


「サファちゃんなんかいいの持ってない? 交換っこしない? 売ってくれてもいいけど~」


「装飾品ですか、私も趣味でいくつか持っていますが、青色のものしか集めていませんよ? ラピスラズリやターコイズ……最近はブルーオパールを買ったところですね」


「え、どこで買ったの⁉」

 と、エメラシーナが食い付いて話が盛り上がり始めたが、ガラドナルもダイアドーガもいまいち興味はない。


「宝石ならば望む物を望む大きさで生み出せるのですがなぁ」


 パキ、と硬質な音が鳴りダイアドーガの人差し指の先、第一関節がコロンと、と机の上に転がった。ガラドナルが拾い上げ、妙な張り合いを見せた。


「ふむ、我なんか虚空から何か色々と圧縮して生み出せるぞ」


 二人の浪漫のない話にサファローラが反応する。


「こういった物は天然であるからこそ価値があるのです。……そういえばエメラ、ガラドナル様から頂いたエメラルドはどうしたのですか? あれであれば並の宝石は霞んでしまうでしょう」


 言って、サファローラが自分の胸に手を差し込み、谷間の奥の心臓から六九面体、オーバルカットが施された美しいサファイアを抜き出して見せた。千年以上前にとある計画から必要となり四天将たちに贈られた物だ。


「あ~、それねぇ……」

 エメラシーナが悲しそうに言う。


「置いてきちゃったんだよね、たぶん昔の私のお城に、もう千年以上も前だし、その頃はこういうの別に興味なかったから、全然気にしてなかったんだぁ」


 絶句するサファローラの顔を見ればとんでもない価値の失せ物だったことは誰の目にも明らかだった。


「しょうがないじゃんっ! あたしもいっぱい探したんだよ? 魔界のお城はほとんど探したんだけど、人族のお城かなぁ……だったらもう見つからないよね……」


 四天将ともなれば自分が持つ城だけで十の数は下らない。特に千年前は人族との抗争も考え、人界に城を築いていたりもしたのだ。そちらに置き忘れたのだとしたら、今頃はどこかの王家によって保管されているかも知れない。


「てかサファちゃん、その宝石いつも胸の中にしまってんの?」


「いいえ、普段は私の城に置いていますよ。一〇年振りに四天将が集うので身に着けようと思ったのです。……ところで、ダイアは宝石をどうしました? エメラのようなことはないと思っていますが」


 まさか、という口調で言われたのでダイアドーガが少し慌てたが、とある場所に安置してあることを伝える。


 賜り物であるので保管はしているが、莫大な魔力が込められているだけで、特に何か重要な仕掛けがあるわけではない。


 ついでに言うとガラドナル自身の口から計画が中断したので破棄して構わないとも言われているのだ。そうは言っても主君から貰った物を捨てるのは忍びない、という程度がダイアドーガの感じている事だった。


 ガラドナルから贈られた宝石一つ取ってもこの違いである。勇者との関わりがどのようになるのか、それは想像もつかない未来であると言える。


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