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4話 停滞の魔王が動き出す

 勇者レバンの名が「人に」広く知れ渡ったのは、白面鏡の奪還であった。

 だが、魔王はそれよりも早く勇者を認識していたのだ。


「魔王様、勇者が現れました」


 静けさと古さが支配している。この図書に埋もれた部屋の中、置物のように同じページをじっと読み続ける魔の王ガラドナルへ、臣下の一人であるサファローラが報告をした。


 報告を受けた魔王の金の目は部下に一瞥すらくれない。縦に割れた瞳孔は動かず、何なら書かれた文字すら追っていないようだった。


 わざわざ部屋へ来て報告をしたサファローラも何も思わなかった。ずっとこうなのだ。かれこれ魔王は一〇年間、ほぼ停止したように本を読み続けている。


 身の世話をする者たちが魔王の読む本の表紙がたまに変わっていることから、一応は立ち上がり、棚から本を取り出し、そしてまた同じ椅子に座って同じ姿勢で読書を続けているのだろうが、サファローラが見ている時は瞬きの一つすら確認出来なかった。


「勇者は、魔王様の血を引いています」


 だから、続いて報告する情報の詳細を口にしても結果は同じだろうと思っていた。


 魔王の形をした木か、岩か、直前までそういう風だったものがぎこちなく動いた。目と、顔と、首を動かし「我の?」と、一〇年振りにしては擦れもしない艶のある声だった。


 いつも冷静沈着なサファローラもさすがに息を飲む。思わずヨダレが出たほどだ。


「……。は、はい、まだ確定では、ありませんが」

「いつ確定する? どこに居る? 今いくつだ? まだ赤子か? そうだ性別は?」


身じろぎ一つすらしなかった魔王が目を見開き、立ち上がってサファローラの元へやってきた。サファローラは主人の生きている姿を久しぶりに見た。揺れ動く銀の髪は一筋一筋がほのかに光を放つように美しい。


「三日ほど、お時間を頂戴いたします。現地の諜報員には全てを調べろと伝えてあります。ガラドナル様がお知りになりたい事は全て解決することでしょう」


「そうか、三日か。三日もか?」


「はい。また本でも読んでいればすぐに時間は過ぎますよ」


「本は飽きた。実を言うと、ここ三年くらいは読んでもいなかった」


「……では、何をしていたのですか?」


「見開いた2ページの中で偶然読める単語がないか探していた。見ろ、この見開きだとこれだ」


 さっきまで読んで、もとい読んでもいなかったらしい本を開いて見つけた単語を指さす。


『そうかい? 僕はそもそもこの作戦はどうかなって思ってたんだぜ?

 アンドレもクロエと同じように不満を口にした。「こんな時に言ったってしょうがないだろ」

僕がちょうどそう言おうとした時だった。矢の飛ぶ音、空気の裂ける音が耳を掠めたのだ』


 魔王が文章の上の方を指している。確かに『うンち』と読める箇所があった。


「申し上げにくいのですが、ガラドナル魔王陛下。少し、馬鹿になられましたね」


 サファローラのうるんだ大きな瞳が不機嫌そうに細められていた。対する主君はというと気を悪くした様子はない。


「お前の寸鉄の厳しさも久しい気がするな」


「気がする、ではなく事実ですよ。よくぞ一〇年飽きもせずジッとしていられましたね」


「いいや、飽きたからだ。何もかもに飽きたからこそ何もせずにいたのだ」


「……念のために聞きますが、お気持ちは変わりありませんか?」


「気持ち? 何のだ?」


 魔王ガラドナルのとぼけるでもなく、真意から分からないといった様子にサファローラは呆れ顔だ。ため息混じりに話す。


「大陸全土への侵攻ですよ。魔族と人族の全面戦争、その準備を何百年もかけて行ってきましたが、ガラドナル様が一〇年前に言い放った『飽きた』の一言から、貴方様だけでなく全ての組織やあらゆる施策は凍結しております」


 大陸全土の統一、とガラドナルは口の中でかつての大望を口にした。じわじわと記憶が思い出されてくる。途方もない時間をかけてあらゆる準備をしてきた。魔王軍の増強、前線基地の設営、長期紛争のための食糧、そして魔王ガラドナル自身の鍛錬。


 この鍛錬こそが一〇年という倦怠を生み出した原因であった。元より魔族一の猛者であり、人族の兵が何百・何千と束になろうが蹴散らせるような実力が魔王にはあったが、過酷な修行によってその強さは極限まで磨かれた。


 実力の確認、修行の仕上げとしてガラドナルは魔界の太陽神に喧嘩をふっかけ見事に勝った。もはや魔族や人族がどうしたこうしたと言えるレベルではない。


 現人神(あらひとがみ)ならぬ現魔(あらま)(がみ)の誕生である。


 ちなみに、ガラドナルが太陽を殺したので魔界では滅多にお日様が見られなくなった。日が拝めるかどうかはガラドナルの気まぐれである。


「世話をかけたな。サファローラよ。して、他の四天将(してんしょう)はどこだ?」


 何百年もの準備、唐突な放棄、そして一〇年間の沈黙、その間も組織の維持は続いているというのに「世話をかけた」で済まそうとする我が君へむっとした気持ちがないではないサファローラだったが、王に仕えるというのは極端な話そういうものなのだ。だから聞かれたことへ素直に答えた。


「私以外の四方(しほう)大天将(だいてんしょう)は大陸へ散っています。エメラシーナは勇者の調査のため現地へ派遣、ダイアドーガも人族の領域内で活動しておりましたのでそのまま現地へ向かわせました。

ルヴィオードはしばらく前から行方が知れず、部下の者に探させておりますが数日はかかるかと」


「ほう、四天将みずからか」


「ええ、ガラドナル様の御子だと知ると是非に関わらず向かうと言っていましたね」


「そうか、あやつらも気にしてくれるとは喜ばしい限りだ。それにしてもまさか我が子が勇者とは、数奇なものだな」


「ええ、全くですね。過去に三度は勇者と戦いましたもの」


 どんな奴らだったか最早うろ覚えだ、と因縁の忘却を堂々と言い放つ魔王。


「一人目の勇者は第二紀、(こん)(こう)七〇〇年頃に戦いました。ガラドナル様と四天将を総員しましたが、いま思えばあれはやり過ぎましたね。まさか跡形もなく吹き飛ぶとは思いませんでした」


 あぁ、と魔王が思い出す。人族からは角竜の勇者と呼ばれていた者だ。とある山に巣食う一本角の生えた竜を討伐したことから通り名がついていた。魔族陣営も勇者なる存在との対決が初めてだったので奇襲をかけて最大威力の魔術を叩きこんだのだが、思っていたほど強くもなくあっけなく決着はついてしまった。


「二人目は第三紀、()(なぎ)一七〇四年に戦いました。この頃から勇者という存在への認識が深まりました」


 勇者は生物の輪廻から外れた存在だ。通常、人が死ねば肉体から魂は離れ異界へ往く。だが勇者の魂は体から離れた後もこの世に留まり、新たな魂の入れ物、つまり体を探しこの世をさまようのだ。

そして勇者の研究の末、魔王ガラドナルの魂についてもその性質が判明する。


「三人目の勇者には驚かされました。覇道の勇者、まさかガラドナル様が敗れることになろうとは」


「……フン。まあ油断もあったが、それを差し引いてもあれはそこそこ猛者であった。魂について研究を進めていなければ我が我でなくなっていたところだしな」


 魂の研究、二度目の勇者の後、魔王側はひとつの想定をして魂の研究班を立ち上げていた。


 想定とは『勇者と魔王の魂は同タイプの物なのではないか?』という考えだった。


 勇者と魔王は両者共に、人族・魔族の枠を超えた規格外の強さを備えている。それに着目し、魔王の魂を徹底的に調べたのだ。そしてその想像は見事に当たり、研究の副産物から魂への接触、意思疎通をする技術を確立させた。


 結果、勇者に滅ぼされ魂となった魔王は消滅するはずだった自我を保ち、四天将たちが新たに用意した体へ魂を入れ、魔王は蘇ったのだった。


「そして四度目、此度の勇者が私の子というわけか」


「はい。こちらで捕捉していた勇者の魂が母体に宿り、出産、その後、十五年の時を経て魂が体に定着しました。まさかガラドナル様の複製した魂も同じ母体に入り定着までするとは思いませんでしたよ。万に一つもなく体が壊れると思いましたが、奇跡中の奇跡ですね」


「ああ、サファローラがヨダレを拭かずに演説をやり遂げる以上の低確率だな」


「ヨダレは、私の体の構造上は仕方がないことですし、そういうふうに作り上げたのはガラドナル様でしょう。私としても甚だ不本意ですし、そして私のヨダレは成分的には岩清水と同じくらい綺麗です」


 長く喋ったサファローラがまたじゅるりと岩清水と同じくらい綺麗らしいヨダレを啜り上げた。


 四方大天将とは魔王ガラドナルが作り上げた魔王軍の総大将たちだ。ガラドナル自ら彼らを造り、育てた。サファローラは水と深く結び付いた魔族であり、見た目こそは四天将の中で最も人に近しいが、長い青髪の表面はたゆたう湖面のように揺らめき、瞳の中には寄せて返す波のような模様が絶えず変化している。


 体の構成が限りなく水に近いため、油断すると涎を垂らしてしまうのだ。ちなみに服は着ておらず体の表面で水を操りほとんど透明なドレスのようにして纏っている。人族から見れば半裸にしか見えないが、裸だからなんだというのだ、というのが一般的な魔族の認識だ。


 一〇年の間に溜まっていた仕事をやって下さい、とサファローラが許可や認可が必要となる書類を束にして持ってきたが、魔王は一切手をつけなかった。


 魔王軍の再編成や魔王城の改装計画など、ガラドナルのサインが無ければ進まない物事があるというのに、サファローラが見張っている時だけは書類に目を通していたが、それも結局、紙面に書かれた文字の並びの中で偶然に読める単語がないか探していただけで、サファローラは水で出来た体が文字通り沸騰するほど怒ったのだった。

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