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2話 姫と魔王と一段落

 人に似た、人ではない存在。得も言われぬ恐怖が最悪の相手だと警鐘をならすが、最悪は簡単に上塗られた。


「ただの魔族ではないさ、我は魔族の長、魔王ガラドナルだ。平伏せよ」


 魔王。


 人類共通の敵、この世の終焉を体現する者。


 何百年、もしくは何千年、人と魔は争いを続けてきたが、おとぎ話で登場するあの魔王が本当に目の前にいるのか、誰もが事態を呑み込めぬまま体が強制的に地に伏せ始めた。


 床に吸い寄せられるかのように、見えざる手がレバンの頭を掴み魔王に首を垂れさせようとする。そこかしこで抵抗のうめき声があがっているが、ごつごつと鳴る音から察するに既に何人もが額を床に押し当てているのだろう。


「ふざけるな!」


 レバンはほとんど奇声のような叫び声を上げて無理やりに体を起こす。不可思議な力がぎしぎしと体に悲鳴を上げさせるが、胸の内で燃え上がった炎は呪縛を打ち破る勢いがあった。


「魔王、魔王だと! だったらここで殺してやる!」


 姫との騒動で感じた怒りが、まるで噓だったかに思える程の怒りの暴風がレバンの中で渦を巻く。その様相、語気、殺意は尋常ではなかった。レバンの気炎に呼応するかのように、彼の左手が音と光を放ち始める。


 瞬間的に明滅し、バチバチと異音を立てたかと思えば、かざした左手から轟音と共に稲妻を繰り出したのだ。走った雷光は一本や二本ではない、何十、いや百に届こうかという数が魔王に向け放たれ、その全てが確実に体を突き抜けていた。


「こっ……」


 判別のつかない声を魔王が上げる。それを見たレバンが好機と捉え駆け出す。いまの雷撃は流石の魔王と言えど効果があったのか、その証拠に、常に薄っすらと笑っていた表情はどこか悲しげに目を細め、こちらの様子を伺っている様に見える。


「覚悟しろッ!」


 魔王の額を目掛け、唐竹割にする勢いで跳びあり、不意に動く一つの影に気付く、一瞬だけ目をやれば驚くことに姫がレイピアを構え、魔王を背後から突き殺そうと動いていたのだ。やれるかも知れない、レバンも姫もそう考えていた。刃が、肌で止まる前までは。


 切り付けられたはずの魔王は微動だにしない、幾度となく切りかかったが同じだった。刃の無い鉄の棒が肉を叩くような情けない音がひたすらに続く。


 二人の息が切れ始めた頃、魔王がポツリ「また会おう、勇者よ」と言った。そして霧散するように姿を消したのだった。


 顔に汗を浮かべ、肩で息をしながら周囲を探す。どこかに隠れたというよりはこの場から去ったのだと思うが、短くはない時間を使って警戒をしても魔王が姿を現すことはなかった。


――その後の城内はハチの巣をつついたような騒ぎだった。


 白面鏡の奪還も、あわや刃傷沙汰となりかけたレバンと姫の騒動も、魔王の出現の前には霞んでしまう。騎王国で姿を現した魔族が本当に魔王だったのか、それとも騙りだったのか。


 しかし白面鏡の前で自ら魔族と言い放つことが出来たのであれば本物の魔王なのではないか、いやいや人の道理が魔族に通じるかは分からない等、長きに渡る会議が繰り広げられる。


 レバンも参考人として城内に留まることを命じられ、王城で与えられる寝食の豊かさを経験してみたくもあり、首を縦に振った。


「城ってのは、凄いな」


 与えられた部屋の豪華な作りに驚く。レバンの出身は町とも呼べない田舎の村だったから猶更だ。磨かれた白い石の床には厚い絨毯が敷かれ、ベッド、椅子、洗面台、化粧台、一通りの家具がきちんと揃えられている。


 窓には透明度の高いガラスまで張られ、部屋の中央にある大机では客人を賄う果物や菓子がカゴに盛られている。レバンとしては寝食だけで良かったのだが、部屋についてしばらくすると世話係なる侍女が真新しい服を持ってきてくれた。袖を通すまでもなく、手に持った生地の肌触りから上質さを感じとれる。


 今のレバンの服は相当に汚れているため、さっそく着替えようかと裾をまくり上げると、侍女が赤面しながら言った。


「お、お待ちください。湯を持ってきます」


 そそくさと部屋を出る侍女の後ろ姿を見て、レバンは自分の無作法さを思い知った。田舎の出なのでどうも配慮が足りない。


「お待たせ致しました」


 大きなタライにたっぷりと張られた湯がやってくる。レバンの想像していた量より随分と多く、侍女が三人がかりで運んできてくれた。


「ありがとう。なんだか申し訳ないな」


「いえ、滅相もございません。身の回りの世話は何でも仰って下さいませ」


「うん、ありがとう。あー……それと、さっきはゴメンね。田舎の生まれで、自分で言うのもなんだけど、僕はたぶん礼儀知らずなんだ。もっと気を付けるよ」


「いえ、その……お気になさらず」


 レバンの謝罪でさっきの光景を思い返したのか、侍女の一人が目を反らしてまた少し赤面していた。反応から見るに、レバンとそう年の変わらない女の子だろう。何故か残り二人もそわそわとしている。城外からの客が珍しいのだろうとレバンは勝手に納得した。


「さてと、じゃあせっかく湯を持って来てくれたし、さっそく使わせてもらうよ」


「は、はい……。かしこまりました」


 レバンは同じ轍を踏まないように待った。侍女たちが部屋を出てから服を脱ぐつもりだったのだが、何かあるのか彼女たちはもじもじとしたまま部屋を出ていかない。


「あの、まだ何か?」


「あ、いえ、あのぅ……。よろしければその、体を……洗いましょうか?」


「え? いや、自分で洗えるよ?」


「あっ、そう、ですよね」


 侍女の三人ともがそんな様子だった。レバンも何だか妙に浮ついた気分になってくる。


「いや、あの、ちょっと待ってよ。……普通なの? お城だと、よくある事なのかな?」


「普通かと申されますと、その、何とも……。上級貴族の方などは、そういった事もありますが、城住まいの方々が全員そういう……」


「あの!」と、レバンと話していなかった侍女が割って入った。


「勇者様の体を洗わせて頂けないでしょうか!」


「勇者って……。いや、それより、なんっ、なんで僕の体を洗う?」


「洗いたいからです!」


「洗いたいの⁉」


「洗いたいですね!」


「な、なんで?」


「有り体に申し上げまして! 若い男との接触がないからです! 勇者様はお顔もよろしく、見たところ体もよく引き締まっております! ですから、お嫌でなければ私たちにお体を洗わせて頂けないでしょうか⁉」


 勢いに押されてか、レバンもつい「あぁ、まぁ、はい」と生返事をしてしまう。


 レバンの言葉を聞き終わらぬうちに、その元気な侍女の手によって剥がれるように衣服を脱がされ、あれよあれよと言う間にレバンは裸となったのだった。


 侍女に促されてタライの中へ体を沈める。湯に浸かれるとは何日ぶりだろうか。気持ちよさから少しほっとしたが、現在の状況がレバンをすぐに現実へと引き戻す。三方向から計六本の腕が伸びてきてレバンの体を撫でまわすのだ。少しでも紛らわすために話題を口にする。


「あの、このいい匂いのする泡は何かな?」


「石鹼でございます。私も城に上がるまでは知りませんでした。とても高級品なんですよ」


「そうなんだ。さっき僕のことを勇者って呼んでたけど、あれはどうして?」


「噂に聞いたのですが、我が国の宝を取り戻してくれたのが貴方様だと、だから勇者様とお呼びするのが正しいかと思った次第です」


「なるほど。……少しずつ下がって来ている気がするのは、気のせい?」


「何がですか?」


「あの、僕を洗ってくれている手が、その、段々と下がって来ていると思うんだけど」


「気のせいでしょうね」


「……股のところは自分で洗うから」


「いえ、そんな、洗わせて下さい。遠慮なさらずに」


 元気のいい侍女の手が今にもレバンのそれに触れそうで思わず腕を掴む。


「どうかしましたか? 勇者様、手を放して下さいませ。それもしっかり洗ったほうがよろしいかと存じます。泡が邪魔で見づらいので湯から上がって腰を突きだして頂けませんか?」


「いや、大丈夫、本当に大丈夫。それは自分で、あー、あの、後ろの人、僕の尻を洗ってる人! お尻も自分で洗うので大丈夫です! あっちょっ、胸のところも大丈夫です! もう十分に洗えていると思うので! 本当に大丈夫なので!」


 追い払うわけにもいかずどうしたものかとレバンが困っていると更なる騒動がやってきたようだ。ドアの向こうから騒がしい声が聞こえたかと思えば、無遠慮に開け放たれた。


「王女殿下! お控えくださいっアリン様!」


「黙りなさい。どうして私が伺い立ててから入らないといけないのよ? あんな田舎者に――」


 レバンと剣を交えた姫はアリンと言うらしい。そのアリン姫が裸のレバンを前に硬直し、何故かこう言った。


「無礼者!」


「何でだよ! お前が無礼だよ!」


「……し、失礼。その、湯浴みの最中だとは知らなかったのよ」


 レバンは意外に思う。もっと突っぱねた態度を取るだろうと思っていた。


「あの、チラチラ見てないで出ていってくれ。用があるなら後で行くから」


「み見てないわよ。そんなもの」


「いや見てるだろ、どんな噓なんだよ」


「見てないって言っているじゃない。見てないのだけど、その、皆そんな風なのかしら?」


 そんなって何だと、レバンは自分の下腹部を見て慌てた。泡で隠れている物とばかり思っていたが、侍女三人とのやり取りのうちにほとんどすっかり泡が落ち切っていたのだ。


 さすがのレバンも羞恥から大きな声を出す。


「もう頼むから出てってくれ!」


 侍女三人と姫をぐいぐいと手で押しやり、無理やりに部屋から追い出す。その間の視線が妙に下に注がれているのは気のせいではないだろうが、もう今更になって隠すよりも出て行ってもらった方が早い。締め出してドアの向こうから黄色い声が聞こえてくるが、気にしないでゆっくりと湯に浸かった。


 貰った真新しい服を着て大机の果物を口にしているとドアを叩く音がした。


「レバン様、アリン王女殿下がお呼びです」


「……分かった」


 先ほど来訪した時の要件だろう。レバンはすっかり身支度も終わっていたので、侍女に連れられ城内を歩く。廊下は等間隔に松明が掲げられ、日が落ちたというのに足元を気にする必要はなかった。


 時折見られる窓からは城という建物の高さを改めて思い知る。登城した時にも感じたことだが、これを人が作ったこと、その偉大さへ感動せずにはいられない。


 いくつかの扉の前を過ぎ去り、一際大きく立派な両開きの部屋がアリン姫の居室だった。中に通され、レバンに与えられた部屋とは作りからして違うのだと分かった。部屋がいくつも分かれ、応接室のようなところで姫は待っていた。


「ご苦労様、下がっていいわよ」


「いえ、姫様、それは……」


「お前たちが束になったところでこの者には敵わないでしょう。それに、彼の身の証はとうに立っています。二人で話したいの、分かったわね?」


 不承不承、お付きの兵士たちが部屋を後にし、何人かの侍女たちもそれに倣った。


「さて、聞きたいことはたくさんあるけれど。まずは……」


 まずは自己紹介、とアリンは自らのことを話し始める。


 騎王国の第四王女で、不本意ではあるが城内ではお転婆姫と言われていること、剣の実力は「誇示するわけではないけど」と付け加え騎士隊長と並ぶ程だそうで、それから好物は果物全般らしい。


 レバンも挨拶程度に軽い自己紹介をする。騎王国シャトロマの東隣、商人連国ゴルドルピーの田舎村の出身であること。事情があって旅をしていること。好物は城下の屋台で食べた串焼きの肉であることを話した。


「……それで、あの変なことを聞くようだけど、あれっていうのは皆ああなのかしら?」

「……あれっていうのは、どれ?」


 魔王についての事を話すのだと思っていたから、レバンには何を言っているのかよく分からなかった。それにしても歯切れが悪い。


「あれというのはまぁ、その、あなたのさっきの……あれよ」


 レバンはこめかみを指でぐいぐいと押しながら「体を洗っている時の?」と聞いた。何だか頭が痛くなってきたような気がする。アリンは自分で聞いておきながら「ええ、まあ」等と抜かしている。


「そんなことを聞くために僕を呼んだのでしょうか、アリン王女殿下様は」


 姫に対して初めて丁寧に話したな、とレバンはどこかぼんやり、そして呆れた感情が確実に相手へ伝わるよう嫌々を満載して言葉を返した。


「そんな事と簡単に言いますが、私はこれでも王女なのよ。町娘ならともかく一応は厳しいお目付けや決まり事があって日々を生きているの。だからね、初めて見たのよ。生まれて初めて、その、見たのよ」


 だから何だと言うのだ、とレバンは思う。


「だからそのもう一度、見せなさい」


 口調は平静、表情も何気ない風を装っている。明日は晴れるのかしら? とそんな何でもないことを口にしたようで、だからこそ内容のお下劣さが際立った。


「あのですねぇお姫様、見せなさい、はい分かりましたとはいかないんですよ。僕じゃなくてその辺の兵士でも捕まえて命令すればいいじゃないか」


「そっ、そんなこと言ったら私の気が狂ったと思われるじゃない! ただでさえお転婆だと言われているのに、跳ねっ返りの上に痴女の姫なんて言われたら城を歩けないわ!」


 そんなにまともな感性があってどうしてレバンにはお願い出来るのか、と問えば長々とした説明が返ってきた。


「好都合なのよ。色々とね。魔王とやらの出現で城中が大騒ぎ、外からやってきた貴方なら後腐れもないし、私と剣を交え、そして白面鏡のおかげで皆もある程度の素性を知っている。平時ならどこの馬の骨とも知れない者と私が部屋で二人きりだなんて無理を言っても通らないでしょうけど、人手の足りない今なら強行出来るわけ、お分かり?」


 人の意など介さなさそうな姫にもしがらみはあるのだと知るレバン。とはいえ、だ。


「アリン姫の事情は分かったが、だからと言って――」

「これでいいかしら?」


 キン、と。ぞんざいな手振りで金貨が机の上に投げられた。


「ちょっと……。きみ、仮にも王族だろ? そんな人を買うような真似を」


「いいじゃない。誰も見ていないのよ? むしろあれじゃないかしら? 一国の姫に見てもらえるなんて、好事家の変態なら喜んで、いえ逆にお金を払って見せてくるんじゃないかしら?」


「悪いが僕は好事家の変態では無いのでご免被る! そしてお金なら白面鏡奪還の褒美をあてにしているから問題ない! よって一物を見せる気はない!」


「もう! これだから平民は困るわ」


「なんで僕が聞き分けのない人みたいになってるんだよ」


 だったら、と姫が新たな提案をする。


「お互いに見せ合う、というのは……どうかしら?」


 何を言っているんだろうか、このお姫様は、と。レバンは目を点にしていた。


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