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1話 騎王国シャトロマの国宝奪還

 勇者レバンの名が広く知れ渡ったのは、これが始まりだった。

 騎王国シャトロマの国宝奪還。まさしく英雄にふさわしい逸話だ。


そして彼が魔を討つ者として、因縁を持って勇者の名を背負ったのも、表向きはこの一件が始まりとされている。


宝を奪還し、半ば無理やりに王城へ押し入った彼の態度は、若き精神をよく表していた。


「だったら今から目にもの見せてやるよ」


 放たれた言葉は、玉座の間で耳にするとは思えない礼を欠くものだった。言い切るや否や、レバンは鏡を覆う布を乱暴に剝ぎ取った。平時であれば不敬と窘められ処罰が下ってやむなしだろうが、この場に集まった誰もがそんなことを忘れる。


「ほら、これがあんたらの探していた(はく)面鏡(めんきょう)だろ?」


 楕円の大きな姿見がそこにあった。これは騎王国シャトロマの秘宝、この鏡に映る者は嘘がつけなくなり、真の姿を映し出すという国宝の一つだ。


 曇りなく歪みのない鏡面が、玉座の間に詰めている者たちを映す。

 鏡の中に映るその表情たちは一様に口をぽかんと開けていた。


「これで僕の疑いも晴れただろう」

 フンと鼻を鳴らし、胸を張るレバン。


 経緯はこうだった。


 レバンが城下町でスリの犯行現場を目撃した。見かねた彼はその泥棒を追いかけ、すられた荷物を取り返したまでは良かったものの、何の手違いか犯人と間違われ牢屋に放り込まれた。


 人並外れた怪力を持つ彼は牢屋の鉄格子を捻じ曲げて脱走し、無罪を証明するために荷物をすられた人を探していた。酒場で人探しをするも、ひょんなことから白面鏡の話を耳に挟み、それからだった。


 坂を転がり始めた岩のように物事が進む。鏡はとある洞窟に持ち去られ、それは牛面の鬼のような化け物が守っていて、また運が悪く、その洞窟にしか生えないという薬草を城下町で知り合った少女が探しに出てしまった。そうなるともうレバンが足を運ばない理由はなかった。


 無実の民を捕らえる国の宝なぞ知ったこっちゃなかったが、パンを恵んでくれた少女が死ぬのは耐えられない。少女を助け出したついでにお礼として薬草を摘んで帰るはずだったのだが、探せど探せど、少女は見当たらない。


 ついぞ見つけた洞窟の奥深く、牛面の鬼が巨木のような棍棒を少女に振り下ろそうとする寸前だった。辛くも敵を倒し、薬草も見つかり、ふと横を見ると噂の鏡が置いてある。


 一瞬、叩き割ってやろうかとも思ったが、これを騎王国シャトロマへ還せばどれほどの栄誉と報奨金が得られるか想像がつかないレバンではなかった。


「白面鏡に映っている時は嘘がつけない。そうだろう?」


 洞窟に踏み入り、怪物を倒し、国宝をシャトロマへ返還した。その事実をこの鏡の前で淀みなく話せること、それが何よりの潔白と身の証である。


 国王とその臣下たちの反応が驚愕から賞賛へと移り変わり、拍手や喝采が溢れ出す手前で、場の空気を一変させる鋭い声が飛んだ。


「余計なことを!」

 勇者を遠巻きに囲む人の輪から、つかつかと前に出た女が言葉を続ける。

「私が取り戻すはずだったのに」


 褒められこそすれ、まさか責められるとは思わずレバンは面食らう。


 付き人が小さな声で「姫様」と窘めるのを耳が拾い余計に驚く。仮にも一国の王女が見せる態度がそれなのかと、お前の国の宝を取り戻してやった相手を前に何を口走って……。


「あんたがチンタラやっていたからだろうが」


 思わず口に出てしまった。立場や場所を弁えられるほどレバンは成熟しておらず、そしてまた、無茶を通せるだけの腕っぷしが彼には備わっていた。故に、例え相手がお姫様であろうとレバンの中で許されない事は、彼に絶対の行動原理を与える。


「鏡を取り戻してやった僕に向かって……。なんで僕が怒られなきゃならない?」

「それが余計だって言ってるのよ!」


 レバンの底冷えするような怒りを含む声と、姫の甲高い叫びが虚空で打ち合う。


「余計だと? 人に先を越されるような間の抜けた奴がなに言ってやがる」

「よ……よくも私に、そんな汚いなりをした奴が……よくもこの私に!」


 洞窟から帰ってきたばかりのレバンの装いが酷いのは当然だが、例え血や泥を落としたとしても、踵のちびたブーツや、生地の破れを当て布で何度も継ぎ足してごわごわしたチュニックは、確かに「そんな汚いなり」と言われても仕方がなかった。


 対する姫のお召し物はさすがと言わざるを得ない。飾り立てたところのないドレスではあったが、簡素というよりは洗練された印象を持つ。生地の青色は発色も鮮やか、滑らかで身の丈にきちんと合わせ調節されている。式典のない平時の時ですら余所行きができる格好だ。


「綺麗なお洋服のお姫様が泥に塗れるわけじゃあるまいし、あんたはどうせ城で待ってるだけだろ。鏡を取り返すのは、あんたじゃなくて兵士だろうが、引っ込んでろ」


「あんたあんたと誰に向かって……頭にきたわ、そこまで言うなら抜きなさい」


 抜け、とは? まさか剣ではないだろうと自分の左腰に目をやるレバンだったが、城に入る前に剣は預けてきている。そのうちに聞き慣れた高い音が鳴った。鞘を走り、剣が滑り出す音、見れば姫はいつの間にかレイピアを手に剣先をレバンに向けている。


「なにを……」


 姫の態度よりも更に理解が追い付かず、怒りが鎮火する。不可解なのは姫の構える姿が妙に堂に入っていたことだ。


 刺突用の片手剣を右手に持ち、姫の右半身がレバンの正面へ向く、派手ではないが実用的なレイピアの構え。昨今の王女は剣術指南でも受けるのだろうか、レバンは相手から「抜け」と明確な挑発を受けたことを一瞬忘れていた。


 姫の方はというと、玉座の間で帯刀が許される者はごく一部であったことを思い出したらしく、近衛兵の静止を振り切り、剣をぶん取ってレバンに投げ渡した。


「本気で言っているのか?」


 剣を受け取ったレバンも一応は鞘から抜き放つが、姫とそれから大臣や国王の様子を伺ってみるも、何とも判断につかない渋面だ。


 仮にも王女だろう? どこの馬の骨とも知らん奴が王女と切り結んでいいのか? 手元が狂って怪我をさせたらどうなる? 王族に手をかけた天下の凶賊として追われる身となるのではないか? 事態の急転にレバンが固まっていると「始めるわよ」と姫がお構いなしの台詞を投げた。


 半身にレイピアを構え、じりじりと間合いを詰めてくる。姫の碧眼に宿る意思はどう見てもお遊びの域を超えている。武器を持った相手が近づいてくる事実にレバンもようやく構えを取った。それが試合の合図だった。


 ぐっと低く屈んだ姿勢から跳ねるように姫がレイピアを突きこんでくる。レバンの予想に反する攻撃の鋭さに後手に回らざるを得ない。そして意表を突かれた後の動きも、姫は一介の兵士よりも遥かに優れた使い手だった。


 男女の性差から腕力こそレバンには敵わないまでも、このレイピアから繰り出される点の攻撃の圧力、並の鎧であれば簡単に根本まで突き通されるだろう。


 両者の間合いの先端で探り合うやり方は分が悪い。レバンは何度目かの突きを、わざと力いっぱいに打ち払う。姫の体勢を崩しその間に距離を詰める。「突く」動きは「切る」動きと比べ相手へ到達する速度が段違いに早い。その代わりに単調で、どこを突かれるのか読み切れれば崩しやすい。


 姫が弾かれた腕を戻し、再度突くための動きを整えるよりも早く、レバンは詰めかけ肉薄する。接近した両者は鍔迫り合うが、これはレバンの望んだ形だった。体格差を活かして上から膂力で押し潰す。両者が胸の前で剣を握り、刃と刃のこすれ合う高い音が鳴る。一瞬は膠着した力関係も、呼吸を一つ繰り返す度に、片方は徐々に膝を折り始めた。


「貴様っ……離れろっ!」


 単純な腕力の押し比べで勝ちの目がないことは姫もよく分かっているらしく、悔しさをありありと滲ませている。レバンにやらされた鍔迫り合いをどうにか受け流して体勢を戻したいらしいが、剣と剣の接触は繊細だ、ことさら刃の細いレイピアでは要求される技術が高い。無理にやろうとすれば剣だけを弾かれ手元から失われてしまうだろう。


 おおよそ決着がついたこと、両者の顔が互いに息を吹きかけ合うような距離だからこそ、レバンは挑発的に笑ってみせた。


「……僕の勝ちだ。少しは使えるようだが、麗しのお姫様じゃ僕には勝てない」

「っ……舐めるなっ!」


 挑発に奮起してか、それとも力を入れすぎてか姫の顔がみるみる紅潮し、息も荒くなる。


「降参しろ。このまま床に押し倒されるのは屈辱だろ」

「ふ、ざ……ける……なっ」


 満足に言葉も続けられない。決着は寸前、そんな頃だった。この場の誰もがこの戦いの結末だけを待っているはずだったが、異様な台詞が新たな事態の発生を告げる。


「大臣? なっ何を……どうしたのですか⁉」


 声が知らせる事態の急変振りから、レバンも姫も鍔迫り合ったままその方向へ顔を向ける。レバンには誰が大臣か分からないが、慌てた様子の家臣の視線から、大臣らしき男の検討はついた。


 一見して異変はなかったが、周囲の反応は大臣本人と鏡とを交互に見ている、見比べている様子だった。


 楕円の大きな姿見は、真実を映すという白面鏡は、その名に違わぬ神秘の力をしかと発揮していた。肉眼で分かる大臣の姿と、鏡の中にある大臣の姿が違う。鏡の大臣は体の輪郭に黒い靄をまとわせ、人の顔ではない死人か鬼か亡霊か、そういったおぞましい様子を映し出していた。


 レバンと姫の戦いどころではない、一斉に視線が注がれ、皆が彼から距離を取る。


「人の道具というのも、あながち捨てた物ではないな」


 小さな混乱の騒音は、大臣から発せられた人ならざる声で静められた。嵐の前の静けさか、今から始まる混沌を前に心の準備をするような気味の悪い静けさだった。


 大臣は、顔の皮膚の下で蛆が大量に這うような動きを見せた後、一瞬にして変貌を遂げた。


 顔も体も、服でさえ、何もかもが別人に、いや、人ではなかった。金色に妖しく光る瞳は蛇のような縦に割れた瞳孔をしており、長い銀の髪がほのかに光を帯びている。血の気の無い白すぎる肌も、肌の下にある青い色の血管も、何をどう見ても人間ではなかった。


「……魔族だ」誰かが絶望を口にした。


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