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17話 聖なる鎧のウラ側

 寝たふりをしていたシーナが起き出し、ルヴィオードに話しかけた。


「レバンくんとアリンちゃんって、仲良いよね」


 うつ伏せからゴロリと横になった顔はニマニマとしており眠気とは無縁そうだ。


「そうか?」ルヴィオードが自ら鞘を抜き、炎の姿を顕現させる。


「そうだよ。けっこういい感じだと思うんだけどな~」


「そうか? あいつらまだまだ弱ぇぞ? 俺との修行でレバンはだいぶ伸びたが、そんでもあと五回は死線くぐらねぇとな」


「別にあたしは強いとか弱いの話してないよ~。皆がルヴィみたいに強さしか見てないと思わんほうがいいよ?」


「ふーん。で、おまえ何で寝たふりしてたわけよ?」


「よくぞ聞いてくれました。聖堂、行ってみよっかな~と思ってね」


「あぁ、なるほどな。先に見とくわけだ」


「そ、危険があるなら排除しときたいしね」


 シーナは手短に書き置きを残し、さっそく姿を風に変えて部屋を出ていこうとするがルヴィオードが待ったをかける。


「おいエメラ! ちょい待った。俺も連れてってくれや」


「え……。もしかしてルヴィ、自分で動けないの?」


「いや、そこまでじゃねんだが、風になったお前についていけるほどスピードは出せねえな。だから剣ごと俺を運んでってくれ」


「ほぁ~、難儀な体になったね。ガラドナル様よっぽどお怒りだったんだ」


「おうよ。マジで五百年ぶりくらいにカチ切れられたわ。いつかガラドナル様をぎゃふんと言わせてやりてぇんだけどな~」


「ルヴィもめげないね~ほどほどにしなよね? ……よし、それじゃ飛ぶよ!」


 エメラシーナがルヴィオードを手に持ち、体を風に変えていく。


 絵面だけ見ればシーナが徐々に消えていくように見えただろう。部屋から順に宿の入り口、通り、そして上空へと涼風が抜けていったが、それが今のエメラシーナだ。


 人の足なら何時間もかけ、一日をかけてようやく登頂する山でも風の化身であるエメラシーナなら一瞬だ。


「お~、久々のこの速度、スカッとするぜ!」


「レバンくんとアリンちゃんはずっと歩きだからねぇ」


「今後はよぉ、お前が運んでやったらどうだ? このままトロトロやってたらガラドナル様のとこにつくまで何百年かかるか分かんねえぞ?」


「いや~、そこまで遅くないってか、人族の中なら二人は早い方だと思うけどね」


「そうなんか? この調子で山登って下りて、次はどこ行くか知らねえが、俺はもう気が狂いそうだぜ?」


「あたしらと比べるのは流石にね。でもちょっと足をどうするか考えてみてもいいかもね」


「だろ? んで俺さ、考えたんだけどよ。ちょっと一芝居打って――」


「あ、見えたよ~。あれが槍ヶ骨岳の聖堂か」


 シーナが上空から舞い降りて聖堂の前に立つ。


 雨風で風化した石造りの聖堂はかつての意匠も朧気にかすれ、古くからある時の流れを想像させられる。物こそは大きいが質素な作りであり、足跡のない処女雪の中に寒々と建った聖堂は、この場を荘厳な空気で支配していた。


「ふうん、これが聖堂ね。レバンとアリンなら、苦労して登った後は達成感ありありで感動しながらこれ見るんだろうな」


「その時はちゃんとホワワァ~とか感動したっぽい感じで合わせるんだよ?」


「へいへい、分かってるよ」


 聖堂の外観に不審な点は見られなかったが、中はどうだろうか。当然だが人気はない。


 聖堂は巨大な一部屋、という作りになっていた。


 人がこさえたなら建築方法に首をひねるだろうが、これを作ったのは四方大天将が一人、ダイアドーガだ。石の生成、加工はお手のもの、おおかたのところ大岩を生成して中をくり抜いたのだろう聖堂は石の継ぎ目がなく、人の目を通せば神秘の賜物にしか見えないことだろう。


「んー……特におかしな物、ないね」

「んだな」


 建物の様式はさておき、中に置かれた物品は何の変哲もないものばかりだ。教壇、ご神体らしき石英の水晶、燭台、棚に経典が並べられ、端には水瓶がいくつかある。


「あれなんだろ、鎧?」


 エメラシーナの視線を辿り、入り口の真反対、最も奥を見れば人を模した防具立てに胸当てのプレートアーマーが飾られていた。


「鎧だなァ。……すげぇ~怪しいぜこれ!」


 エメラシーナも頷く。聖堂に鎧とはどういうことだろうか。時代の英雄を祭る正殿であるなら所縁のある武器や防具を安置することもあるだろうが、この聖堂の神は地母神だ。戦いを連想させる物は基本的に遠ざけてしかるべきである。


 そして、この鎧の意匠がまた異質なほど出来がいい。名うての冒険者程度が手にできる代物ではない、時の覇者や力を持った王にのみ許される希代の名品だ。


 銀の鎧はよく磨かれ、鏡面のように辺りの風景を映し、各所に施された細緻な文様には金が使われている。鎧に穴を通して飾り紐が縫い付けられている部分もあるのだ。なまじの技術でなければこの固い鎧に見栄えの細工を施すことは出来ない。


「ふむ、見れば見るほどとんでもない鎧だなこりゃ。俺の持ってるコレクションに加えても見劣りしねぇぞ」


 武器や防具に関してならルヴィオードの発言が実にアテになることをエメラシーナは知っている。彼の収集する武具の質と量を思えば、この鎧がなぜここにあるのか謎がより深みを増した。もっと詳しく見るため鎧に手を伸ばしたエメラシーナだったが、触れればいっそう驚いた。


「ダイア?」


「いや? これは灰銀っていう素材で出来た鎧だぜ。軽くて丈夫なんだよ。けっこう貴重な鉱石でよ、俺も灰銀のフルプレートはいっこしか持ってねえな」


「いやいやそうじゃなくて、ちょっとルヴィも触ってみて!」


 ルヴィオードも触れてみれば意味が分かった。手に返ってくる良く知った魔力の反応。魂を分けた兄弟である、北方地天将ダイアドーガそのものなのだ。


「……あ? なんだコイツ。なんでここに居んだ? そんで、なんで鎧になってんだ?」


「ダイアの能力なら、確かに体の構成を灰銀? とかいう鉱物にして鎧の状態になるのは出来そうだと思うけど……」


「いいや、そりゃ無理だ。ダイアの力は基本、自分の体積より増やしたり減らしたりは出来ねえ、まあ多少は増減も効くらしいが、でもな、こんな胸当て程度の軽い物に化けるのは無理だぜ」


「そうなんだ? んじゃあ~なんで……。あ、ダイアもルヴィみたいに怒られてさぁ、それで鎧にさせられちゃったんじゃない?」


「ガラドナル様に? 想像できねーな。サファと違ってダイアは一切口答えもしねぇんだぜ? ガラドナル様に死ねって言われたら即座に自決するようなダイアが鎧に変えられるレベルの失態はねぇだろ?」


「うーん、確かに。……てか、ダイア反応ないけど、この鎧、ほんとにダイアなのかな?」


「もしかしたらコイツ寝てんじゃねえか? ちょっとブン殴ってみるか」


 エメラシーナが「やめなよ~」と言い終わらぬうちにルヴィオードがゴチン! と灰銀の胸当てを拳で打った。ちょっとぶん殴るどころではない一撃だったが、鏡のような鎧の表面は傷も凹みもつかない。


 ややあって声が返ってくる。


「んん……。あぁ、寝てませんぞ、寝ていませんとも……。ううん、静かにしてくだされ」


 ダイアドーガの声であった。


「やっぱダイアだったね。なんでこんな間近でお喋りしてて、しかも触られてんのに起きないんだろ。大丈夫なのかな、寝込みとか襲われないのかな?」


「襲ったところでダイアにダメージ与えられる奴なんて俺ら四天将くらいしか居ねえからな。つか、起きろ!」


 さっきのよりも更に重い一撃がダイアドーガもとい鎧を襲う。金属を叩く鈍い打音が聖堂内にこだまするほどの威力でようやく目を覚ましたのだった。


「……んんん! むっ!……。ルヴィとエメラ? 如何した?」


「イカガシタ? じゃねーよ。お前がイカガシタんだよ? なんで鎧になってるわけよ?」


 ルヴィオードが炎の姿で顕現するように、ダイアドーガは鎧から砂煙のようなものを噴出して姿を現した。雄々しい武将のような顔をした石像の姿である。


「いやなに、ルヴィが剣なら某は鎧という事よ。この聖堂に勇者レバン殿がやって来られるのだろう? ガラドナル様からの命により、某は聖なる大地の鎧ダイアドーガとなりお供つかまつるのだ」


 なるほど、と二人が納得する。ダイアドーガはルヴィオードと違い罰として鎧に変えられたわけではないということだ。


「して、ルヴィとエメラだけか? レバン殿とアリンとかいう人族の姫もいるのだろう?」


「あー、そうだった」と、シーナは理由があってここに来ていたことを思い出す。どうして聖堂から石が降るのか、先んじて威力偵察のために来ていた旨をダイアドーガに話した。


「それもガラドナル様たちと話して決めたのだよ。某が石を降らして人族を困らせる、そしてレバン殿がやってきて解決すれば勇者として名を広めることが出来るだろう? そのための布石だったのだ。むっ、石を降らせる布石とはいやはや上手い事を申してしまったな!」


 うわぁ今のウゼエな、とルヴィオードの心の声が漏れた。


「なるほどね。じゃ~ここ来ておいて正解だったね。ダイアのその話とこっちもちょっと考えてたことあったから軽く打合せしとこうよ」


 三魔族で今後の展開について話し合いが始まる。


 かつてこのような勇者は居なかったことだろう。魔王から認知され、剣を与えられ、道を敷かれ、そして着実に力を増していく。幸か不幸か籠の鳥は、檻が大きすぎて気付くことすらままならない。


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