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15話 炭鉱都市ティゴロン

 魔王ガラドナルは今日も今日とて我が子レバンの旅路を見守っていた。


 昨日は衝動のまま野盗を切り伏せたことで精神的に消耗したようだったが一晩経てば歩いて旅を再開できるほどに回復している。


 中々たくましく成長しているようだ、と目を細め好々爺のような顔をする我が君を見ていると、サファローラはどうにもむず痒くて仕方なかった。


 最近では遠見の水晶を片時も手放さないほどで、食事の際も執心するものだからしかりつけたくらいだ。


 ガラドナルが何事かに熱中し周りを置き去りにするのはそう珍しいことでもなかったが、それが特定の人物に向けられたことはかつて無かった。


 賢者も道化師もガラドナルにとっては同じこと、魔生という余暇を楽しむ玩具に過ぎない……と、レバンが現れるまで主君にとっての他者はそういった存在なのだと思っていた。


 だからこそ歯痒い。


 親子の間柄にだけ存在する絶対的なナニカを、その特別を自分が持ち合わせていないことへ嫉妬せざるを得ない。


「精が出ますね」


 玉座に腰かけ水晶を見入るガラドナルへ皮肉を浴びせるが、意に介した様子はない。


「サファローラも見るか? そろそろ炭鉱都市とやらへ着きそうだぞ」と、この調子だ。


「いいえ、結構でございます。勇者たちの動きは部下から聞いておりますし、私には他の仕事もありますので」


「そう言わずにここへ来い。少しくらい休憩しても構わんだろう。いま席を用意する」


 四の五の言う間もなく玉座の真横に椅子が置かれ、座席をトンとガラドナルが叩いた。


 サファローラは複雑な心境で言われた通りにする。王に侍るが至上の喜びとする彼女であったが、それが胸中を泡立たせる勇者の姿を見るためとは面白くない。


「我も久々に旅をしてみたくなった」


「……この勇者の仲間に、という意味ですか?」


「分かっておる。このまえ頷いた通り、そこまでの勝手はせん……たぶん」


「最後の付け足しだけはよく聞こえませんでした」


「……セレンデールのような者が居ればいいのだがなぁ」


「セレンですか、確かにセレンが二役こなせましたらガラドナル様が冒険の輪に入ることも叶いますね」


 深くは聞かないがセレンデールがアリンと入れ替わり何かしているらしい事をサファローラは知っている。レバンへの護衛等がなければ意識の同期や主導権の明け渡しでガラドナルもセレンデールごしに勇者一行に加われるだろう。


「ガラドナル様ならセレンと同じ能力者を造ることも可能でしょうが、時間が足りませんね」


「ああ、セレンデールは特に手の込んだ特別製だ。どれだけ急いでも十数年はかかる」


 セレンデールには以下の能力が備わっている。


 質量を持った影の操作、変形と変質、読心、意識の同期、自我の保持、擬態活動の継続。


「……ガラドナル様。叶わぬからといっておひとりで城を抜けるような真似だけはしないで下さいませ。よろしいですね?」


「分かっておると言ったろうが。だからこうして大人しく水晶を見ているのではないか」


「ハァ……そんなに面白いのですか? 子供というものは」


「ああ、面白い。これからもっと面白くなってくれるかも知れん。そう期待している」


「子煩悩ですね。私は貴方様の変わりように頭がくらくら致します」


「そう言うな。この世で最も強い毒は退屈だ。この我が一〇年も動けなくなるほどの猛毒なのだ。勇者であり我が子であるレバンくんは大陸中の奇跡を寄せ集めたとしても頭抜けている」


「確率の低い稀有な生き物というだけでしたら、氷山の奥地で七色に光る竜を見つけたではありませんか、あれとどこが違うのですか?」


「馬鹿なことを、魂が違う。竜は所詮、竜だ。山は揺るがせても世界まではひっくり返らんよ。……そういえばあの七色の竜はどうしている? 食ったのだったか?」


「いいえ、見栄えだけはいいので私の城に飾ってあります」


「なるほど。……暇つぶしに竜でも見に行くか」と何の気なしにガラドナルが呟く。


 久々の用命に準備を始めたサファローラの姿はしっかり桃色に変化していたのだった。


――

――――

城門までもうあと一息か、そこまで来てレバンがもう一度、首を回す。


 山もとい街は、騎王国シャトロマのように平地に興された都市とはまるきり違っていた。


「すごい……山肌に家が建っているわ」


 アリンも手庇(てびさし)を作って上を見上げるが、麓からでは断崖連峰の直立した急斜面に張り付くようにして家々が建てられているように見える。


 もちろん山の裾にも家屋は多いが、ぱっと見た感じでは岩壁にある建物とそう数は変わらなさそうだった。


「家なんて下のほうに建てたほうが楽だよな。どんな理由で高いとこに建ててんだろ?」


「理由……なにかしら? 貴族しか上に家を建てられないとか?」


「いやアリン、それはないよ。だとしたら平民と同じ数くらい貴族がいるってことになる」


「それもそうね、私のような支配階級の人間は数が少ないからこそ成り立つものね」


「アリンおまえ、たまに素で高飛車なこと言うよな……」


 レバンとアリンが楽しそうに話していた炭鉱都市の建築事情だが、大きな鉱山を中心に広がった都市だということを考えれば紐解けたかも知れない。


 山肌に建てられた家は元々、採掘現場の休憩所として用意された物だったのだ。今では山の表層部分にある資源は少なくなり、山の中を掘り進めている最中である。


 こちらから見える山の面にばらばらといくつも点在する家のほとんどは人の住居となったが、採掘場へ向かう近道として一見すると家に見える建物が鉱山道の役割を果たしているのだった。


 炭鉱都市ティゴロンは山を信仰する街だ。


 一応は騎王国に属した領内最西端の都市なのだが、百年以上も前に自治権を認められており、槍ヶ骨岳山頂に聖堂を置いた地母神を祭る宗教都市という側面もある。


 騎王国から派遣されている貴族も宗教色の強い神官の家柄が多く、騎王国内にある独立した小国という捉え方が最も正しい……と、城門前にて都市の門をくぐる順番待ちをしているところ、おしゃべりな青年があれこれとレバンたちに教えてくれた。


 戦士や傭兵には見えないが、奇妙にも革張りの丈夫そうな盾を腕に装備している青年だった。


「なるほど、自治も独立もお金次第か~」と、シーナが納得したらしい事を言ったがレバンにはいまいち伝わっていなさそうだ。


「えっとね~レバン。この炭鉱都市と他の街が違う点はどこだと思う?」


「山に家が建っていてかっこいい」


「かっこいいよねぇ~。でも違うね」


 シーナがちらっとアリンの様子を見るが、さすが王家筋の者は分かっているようで不敵な笑みを浮かべていた。


「はい、それじゃあ自信満々っぽいアリンに聞いてみようかな~」


「山に家が建っていてかっこいいところに決まっているわ! という冗談はさて置き鉱山ね。付け加えて言うなら宗教国家の側面が元々あったわけで、騎王国としても資源と思想は争いの種だもの。内乱でごたつくくらいなら条件を飲んで自治を認めたほうが得も多いと判断したのよ。対立して最悪の場合は鉱石資源を失うわけでしょう? それはあまりに怖い。そして炭鉱都市は騎王国の最も西に位置する都市なの、勝手に街を治めてくれたほうが国境警備にお金がかからなくていい、という利点もあったわね」


「完璧な回答だね! さすが腐ってもお転婆でもお姫様なだけあるね~」


「ひとこと……いえ、ふたこと多いわよ!」

 とは言ったもののアリンは誇らしげに胸をそらす。


 情勢や成り立ちといった辺りの知識については仕方のないことだが田舎の少年が王女に敵うわけもなく、素っ頓狂な回答を茶化されたりもあって少し赤面するレバンであった。


「レバンはしょうがないにしても、シーナがこの手の話に詳しいのは意外だったわ」


「そういや、そうだな。僕と同じで……っていうか僕よりも田舎暮らしなのに」


 田舎どころか秘境もいいところだろうが、シーナは設定の上では森で育てられた事になっているのだ。


「あっ……そ、そ~ね、そうそう。あの、ほらシーナは風の妖精みたいなとこあるから。風の便りとか、風の噂とかね、そう、風のね、精霊的な感じがね、うん」


「風ってすごい」


「そうそう! そうなんだよレバン、さすが大自然の力なんだね~!」


 しどろもどろで何とか言い訳する様をルヴィオードは鞘の中でクツクツと笑うのであった。


 レバンとアリンの見た風の少女シーナの初登場と言えば大竜巻と共に火柱の男ルヴィオードを吹き飛ばした様なので、妙に博識であったとしても言うほど違和感はないかも知れない。


「えっと~、そうだ! 列ぜんぜん進まないね!」


 下手にも程がある誘導だが、レバンとアリンは「確かに」と声を揃える。街に入るには城門を通っていかねばならず、商人であれば荷の検査や旅人であればどこから来たのか、仕事で立ち寄った者なら通行証などを見せているのだが、いやに列の捌け方が悪い。


 最前列の方を伺っていると世話焼きらしいさっきの青年がまた教えてくれた。


 なんでも、炭鉱都市はここ最近とある問題を抱えているため人の横行、特に外部から流れでフラッと入ってくる者に対して厳しい監査体制を敷いているのだそうだ。


「その問題って?」とレバンが青年に聞いたが、運良く、いや悪くだろうか、その問題は空からやってきた。


「まずいぞ」

「来たっ!」

「押すなよ!」

「早く中にっ」

「頼む入れてくれ!」


 あちこちから慌ただしい声が上がり、城門前で列をなしていた人たちが我先にと関所の小屋になだれ込む。そうして皆一様に空を見上げるのだ。


 確かに、妙だった。


 青年が持っていた盾、護身用にしては少し大きすぎて取り回しに不便だとレバンは思った。


 そしてまるで背景のように目に入っていたはずなのに気にしていなかった列に並ぶ人たちも、そういえば盾を担いでいたような気がする。


 見上げた空のまだ遠く、高いところに点がいくつも浮いているのが見えた。


 点は、いいや点々は、見る見る間に近づいてくる。それは大小さまざまな石や岩だった。町全体に降り注ぐほどではないが、それでもなまじの数ではない。この城門付近は満遍なく打たれるだけの数だった。


 石の雨が、轟音と共にあらゆる物を叩いた。

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