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13話 覇王斬

 王典石を求め、旅を続けるレバン一行。


 禁足地。不知森を抜け、目指すは大陸を分断する断崖(だんがい)連峰(れんぽう)の支脈、槍ヶ骨岳(やりがぼねだけ)の尾根だ。


 森の民たちからの見送りはささやかな物だった。村の外れで振り返れば遠巻きに数十人がじっとこちらを見つめているのみ。


 仮にもシーナの育ての親だろうに寂しさはないのだろうか、とレバンが気になったくらいあっさりとしていた。俗世を離れた人たちは通常の感覚を持ち合わせていないのか。


 案外、仮面の下でさめざめと涙していたのかも知れないが確認する手段はなかった。


 さて、これより一行は王典石・虚空の金剛石があるという聖堂を目指し、山の頂上へ向かうわけだが、山に登るのならまずは麓に行かねばならない。


 槍ヶ骨岳の麓には炭鉱で栄える街が拓かれており、木の根のように広がる山脈を登る者たちはこの街に集い用意を整えるため金を落としていく、とアリンが説明してくれる。


「炭鉱都市ティゴロンは山を行く人々の玄関口みたいなものよ。炭鉱はもちろん、行き交う人が多いから宿場の街としても知られているし、人の出入りの多さから交易品の流れもあるわ。ティゴロンを通らないと行けない街もあるしね」


 森の中を流れる小川のほとりを野営地とし、レバン達が一休みの際に出た話だった。


「……聞いているかしら?」


 森の端に位置する疎らな木々と川のせせらぎ、頭上にかかる枝葉も日差しの強い今日の太陽を程よく緩めてくれる。


 くつろぐには良い場所だったが、レバンは休憩に似つかわしくない威勢の良い声を上げていた。


「覇王斬! はおうざん! はッおッうッざんッ! ああクソッタレがッ!」


「もっと声出せ、まずは声だ。声だけじゃねえが、というか名前も違ってるが気合入れるには覇気のある声を腹から出すに限る。のど潰すくらいでやっとけ!」


 事の発端は聖剣に宿る炎の化身、ルヴィオードがこう言いだしたからだった。


『レバンよぉ、必殺技を覚えたくないか?』


 健全なる少年勇者にとってその響きはどこまでも高らかで胸を熱くさせる言葉だった。


 それからというもの合間の時間を見つけては剣の修行に励んでいるのだ。ちなみに、先ほどレバンが叫んでいた『覇王斬』こそが必殺剣の名である。


 覇道の勇者が残した剣技であり、気合と魔力を剣に込め斬撃を衝撃波にして飛ばすことが出来る妙技だ。


 更に付け加えるとこの技を考案したのは魔王ガラドナルである。覇道の勇者が辛くもガラドナルを下した後、剣の流派を作り強敵の技を模倣して生まれたのが覇王斬なのであった。


 横一文字に剣を振るい続けるレバンを横目にシーナはアリンに話しかける。


「詳しいんだね、アリンはこの辺まで来たことあるの?」


「来たことはないけれど、自分の国の周りのことくらいは分かるわよ。と言うより知識として叩き込まれるのよ」


「そっか、そう言えばアリンってお姫様なんだもんね」


「ええ。前に言っていたかしら?」


「あっあー……うん。そうそう。言ってたよ。すっごい言ってた」


 今のはシーナもといエメラシーナの失言である。不知森を旅立ちいくつかの小さな街と街道を超えてきたが今の今までアリンが王女である事は話題になっていなかった。


 アリンが小首を傾げる前にルヴィオードが大きな声を出してひと段落をつけた。


「よーし、レバン! 今日はこの辺にしとけ。その技は一日や二日でモノになるような代物でもねぇ」


 荒い息を吐きながら「いや、もう少し」と勇者はやる気を見せたが「旅はまだまだ続くんだぜ? 何でもかんでもやりゃあいいって訳じゃねえさ」と、見た目の印象とは違った台詞を吐く。


「ところでよ、お前らのことを教えろよ。どういう奴らかちゃんと聞いてもいなかったしな」


 ルヴィオードが聖剣の中に炎の身を戻し、改まったことを聞いてきたのでレバンたちは自らの出自を話す。田舎村の孤児院の出であること、騎王国の王女であること、森の民に育てられた孤児であること。


「みなし児ふたりにお姫様とは、訳ありにも程があんな。それで、旅の目的は何なんだよ?」


「魔王の討伐」


 間髪入れずにそう言いのけたレバンを見て、間を開けてからルヴィオードが笑い転げた。


「そりゃあ大きく出たなァ!」


「……なんで笑う?」


「無理だからだ」


「無理って、そんなのルヴィオードが決める話じゃないだろ」


「俺が決めたわけじゃねえさ。レバン、お前よぉ、蟻んこと戦って負けると思うか?」


「……は?」


「だから、蟻だよ。人と蟻がよーいドンで勝負して、蟻に勝ち目はあるか? そしてその蟻が人を討伐するって言いだしたらどうだ? 笑わない方が無理あるぜ」


 現時点で勇者と魔王の力は、それほどまでに差が空いているというのか。レバンがまだ何か言いたげにしているところへルヴィオードは別のことを口にした。


「まあ、いいさ。その蟻んこを鍛えるのが俺の仕事みてえなもんだ。それで、なんでわざわざガラ……柄にもなく魔王を倒そうなんて思ったわけよ?」


「……僕の村を滅ぼしたのが魔王なんだ。……生まれ故郷を無くすっていうのは本当にみじめな気持ちさ。僕みたいな悲劇を二度と起こさせないように、魔族の長である魔王を討つと心に決めた」


「あん? 田舎の村って言ってたよな? 本当に魔王がお前の村を滅ぼしたのかよ?」


「……いや、魔王じゃない魔族だけど、そんなの同じことだろ?」


「いいや全然違うね! 人族の世界で例えてやるよ。どこにも所属してないゴロツキの傭兵崩れ共がレバンの村を襲撃した、なのにお前は騎王国の王様を恨んでやがる。どれだけ見当違いか分かったか? お前は相手が魔族だったってだけで条件反射みてえに魔王を仇としているが、人族と同じさ、魔族にも色んな奴がいて色んな集団があんだよ」


 ルヴィオードから物の見方を教えられたわけだが、事態の構造はともかくレバンにとって無視できないものは確実にあった。


「……知らないよ、そんなこと。……僕の村だったんだぞ。友達も、育ててくれた人も、何もかも知らないで魔族はめちゃくちゃにしてくれたんだよ。だったら僕だって相手のことなんて知ったことじゃない。どうでもいいんだよ!」


 魔族には魔族なりの組織がある。だから魔王はこの件に関係がない。そんな事を言われたとて、だったらレバンはこの自分の感情をどこにぶつければいいのか。


 故郷の村を思えば胸の中に黒い炎のようなものが沸き上がる。虚しさと怒りがない交ぜになった途方もなく強い感情のぶつけ先を無くしてしまえば、糸が切れた人形のようになってしまうだろう。


「……ちょっと顔、洗ってくる」


 鼻息荒くしながら輪を離れ小川に向かうレバンへ寄り添うようにアリンが後を追った。


 彼の中に残る魔族への恨みは根深い。


 人族と魔族を別つ断崖絶壁の連邦を連想させるほどに隔たりがあるようだった。


 


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