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11話 不知森の禁足地

 風を知る不思議な少女に連れられ、レバンとアリンは森を進んでいた。


 先頭を行くシーナの足取りは軽い、そよ風のような、と形容しても大げさではないほど飄々と木々を抜けていく。二人は負けじと付いていくので精いっぱいだった。


「少しゆっくり行こっか?」


 息ひとつ切らさず、無表情なシーナが振り返った。いや、少しだけ笑んでいるか。声もどこか楽しむような色を含んでいた。


 見るからに自分より年が下の子供にそう言われて「ああ、休もう」となるような二人ではない。揃って玉のような汗をかきながらこう言うのだ。


「いや、ちょうどいいよ。森のデコボコした道も慣れてきたところだったし」

 レバンが強がればアリンも負けていない。

「そうね、シーナこそキツかったらいつでも言いなさいよね」


「そぉなんだ? レバンもアリンもすごいね?」

 シーナの今度の台詞は明確に悪戯めいた心がちらりと見えた。


「ま、ちょっと歩こっか。二人もしんどいだろうし」


「いやいや」「まだまだ」と意地を張り続ける二人だったが、シーナが歩む速度を緩めた理由が分かった。


 森が開け始めている。太陽を遮る木々の密度が減り、目に入ってくる光の量に眉間が少しむずむずとする。思っていたよりも長く薄暗い中を歩いていた証拠だ。


「森を抜けた、あの不知森を……」


「そうね。森に入ったら最後、もう帰って来れないって話ばかり聞いていたけれど……。案内人が居たとはいえ、少し拍子抜けしたわね」


「森の中にある村だから、まだ森から出たわけじゃないけど……あ、見えたね」


 目に入ってきた秘境の村は、思っていたよりも広い物だった。森の中だけで自活しているようで家々はどれも木で出来ている。


 木の皮をそのまま使った扉、太い木の幹をどかっと上に乗せて屋根とした家もあれば、大樹のうろを更にくり抜いて住めるようにした物まであった。まさしく森の民だ。


 レバンがざっと村を見て違和感を覚える。目に映るものすべてがあまりに自然的過ぎたせいか、どうも生きた生活の場という気がしなかったのだ。


「……そうか、鉄だ。この村、金属製の物が見当たらない」


 アリンもそう言われて見渡してみたがレバンの言う通りだった。家々が形を保っているのは主に木の蔓で縛られているからで、屋根も戸も釘目が一切ない。炊事場にも刃物はおろか鉄鍋すらない。


「鉄が無くても生活できるのかしら? もしかして鉄を使っちゃいけない教えなの?」


「……なるほどね。まあそんなところ」と、シーナはどこか納得するように頷き、曖昧なことを言っただけだった。


 鉄がないことへ気付いたレバンは違和の黒いモヤがまだ晴れていないことに気付く。


 これは村に入った頃から鼻が感じとっていたことだが、森よりも村の方が緑の匂いが濃いのだ。木々や土の真新しい匂いをレバンは知っている。


 木が最も強く香るのは幹を割いた時、土は掘り返した時が最も強い匂いを感じられる。それはいま村にある匂いと非常によく似ているのだった。


「なんていうか、つい最近できたみたいな匂いがする」


 ボソリ、誰に聞かせるでもない呟きをアリンが拾う。


「最近ってこの村のことかしら?」


「うん。いや、あり得ない話なんだけど。木や土の新しい匂いに凄く似てて、たぶん木で家を作ったらこんな匂いになりそうかなって。それが家一つとかの匂いの強さじゃなくて、ここにある家が全部、最近出来たってくらい匂いが強くてさ」


「あり得ない話ね」


「だからそう言ったさ。ぱっと見ただけで家も二〇はあるし、それにシーナが言う通り古くからある村なんだろ? だから不思議なところだなって思っただけだよ」


「確かに、何か秘密があるのかも知れないわね」


 村についてのあれこれを話しながらシーナについて行く。家屋の数がそれなりにある割には人影も見えないなとレバンが気にし始めたところだ。


 人の姿について意識するようになってから気付けたが、息遣い、足音や物音が微かにしているのだ。それも三人の周りを取り囲み歩く速度に合わせ並走するようについてきている。


 シーナへ小声で状況を問う。これには基本的に表情のない少女も少し驚いていた。


「……よく気付けたね。森の一族はあんまり外の人と関わらないんだってさ。あたしは皆に育てて貰ったけど一族じゃないから話しても大丈夫なんだ~」


 理由が判明したからと言って緊張感が消えるわけではない。むしろ部外者だとはっきり言われているわけで、その衆人環視の中を歩くのは息が詰まった。


 森の民を束ねる長もシーナが説明した通りレバン達と言葉を交わす事はなかった。緑に染められた長い衣を頭からすっぽりと着ており、唯一出ている顔にも木彫りの仮面を被っている。


 面に施された模様が複雑であるほど地位が高いようで、長の面にあるそれは非常に細緻な代物だった。


「うん、そうだね……うん。じゃあ、そのまま伝えればいいんだね? うん、分かったよ」


 長との会話はシーナを通して行われる。シーナ伝に聞かされた内容はこうだ。


 聖剣は森の中心にある祠にあり台座に納められている、とのこと。


 真の勇者であれば台座に刺さった剣を解き放つことが出来る、とのこと。


 それが伝わったのを見届けた長は頭を一度だけ下げ、去っていった。


「……森を抜けたのもそうだったけど、身構えて損したわね」


「そうだな。僕も正直なことを言うと、聖剣を手にするには試練を乗り越えねばならない……とか、そんなことを予想してたよ」


 レバン一行はさっそく森の聖域、中心にあるという祠を目指しながらそんな話をする。


「聖剣の守り手って話なのに、こんなに楽に通してもらってもいいのかしら?」


 アリンの口にした当然の疑問にはレバンの弁解めいた言葉が返った。


「真の勇者でないと抜けない……そこに尽きるんだと思う。誰でも簡単に手にできるようなら、森の人たちが試練なり選別なりしてたのかもね。……これでもし僕が抜けなかったら……」


 人々が口にする勇者とは、本当のところアテになる話ではない。


 困っていた者を助けたのだからその者たちにとってはレバンが勇者なのだろう。


 神鳴りの勇者としてイカヅチを振るい悪を討つ姿、人から人に伝播した話の上ではレバンは勇者だと言える。だが、選ばれし者にしか抜けない剣までもが風評に踊らされて台座から抜けてくれるわけではない。


 自分は皆が言うように、真なる勇者なのか、審判が下るのを待つレバンは別れ道の真ん中に立っているような切迫感を覚えていた。


「珍しく弱気ね、らしくないわよ? 剣が貴方を選ばなくても、私が見てきたレバンの姿は正しく勇者の行いだったわ。そして結果がどうであろうとも、きっと貴方は変わらないことも知っているわ。勇者に足る正道から決して逸れることはない……それでいいじゃない?」


不意に漏らしてしまった気弱さと心からの励ましが重なって照れくさくなり、レバンはごまかしに鼻をかいてみる。


「……アリン、ありがとう。その、勇気をもらった。君の言う通りだよ」


「……礼なんていいわよ、別に」


 レバンから真っ正直な気持ちを贈られて調子が狂ったのかアリンまで照れている。


「いや、今だから言うけど僕は、アリンにはいつも感謝してるんだ。まだそんなに長い付き合いじゃないけれど、ほんとに世話になってるよ」


「何なのよ急に……。それは勿論、私も……私こそ感謝しているわよ。お城から連れ出してくれたわけだし、その、第一印象も良くなかったはずなのに……」


「じゃれているところ悪いけど、もう着いたよ」


 感情の薄い平坦な言われ方だっただけに自分たちのやり取りが恥ずかしく思えたのだが、それも束の間のことだった。祠に足を踏み入れた瞬間、神妙な空気にあてられる。


 もう既に、聖なる剣の眠る場所へ足を踏み入れていたのだ。

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