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【短編】キスをしたのは影武者ですよ?

作者: 龍 たまみ

ほんわかストーリーです。

「お父様、ごめんなさい。また、お熱が出てしまいました」

「それは、残念だね。湖に行くのはまた今度にしよう。ほら、温かくしてゆっくり休むんだよ」


 6歳になった公爵家の1人娘のエレーナは、お出かけを計画していた公爵家当主である父親に朝から謝罪をする。


(本当に、私はダメな子ね。しょっちゅう熱を出して、お父様とお母様に迷惑をかけてしまっているわ)


 いつものように、ベッドに横たわり、看病に手慣れた侍女のアリエルが布団でエレーナの身体をふんわりと包んでくれる。


「アリエル、いつもありがとう。私の看病ばかりで本当にごめんなさいね」

「いいえ。お気になさらずにエレーナお嬢様はゆっくりとお休み下さいね」


 太陽光が入らないようにカーテンを閉めながら、アリエルは振り返る。そんな日々が当たり前に繰り返されていた。


 ■■■


 それから数日後。

 元気になったエレーナは父親の私室に顔を出そうと扉をノックしても返事がないため、僅かに開いたままになっている扉の隙間から室内の様子を窺ってみる。すると、父が1枚の紙切れを左手に持ったまま頭をガシガシと掻いている姿が目に入った。よく部屋の中を見回すとお母様も父の傍のソファーに座り、頬に手をあてて困った顔をしている。


(何かあったのかしら)


 エレーナは、ゆっくり入室して元気な姿を両親に見せると、2人は安心したようにとても喜んでくれる。


「もう元気になったようだね。昨日よりも顔色がいいようだ」


「ご心配おかけいたしました。それで、お父様、お母様、何かお困りなのですか?」


 子供なのに口を挟んで良いものかわからなかったけれど、エレーナは両親が何に悩んでいるのか知りたかった。

(お父様の助けになれるのであれば、私、公爵家の1人娘として頑張るんだから!)


 そんなエレーナの言葉を聞いた両親は、2人で顔を合わせて話すべきか悩んでいるようだった。


(あ、私に関係することなのだわ。だから、2人とも言おうか迷っているのね)


「お父様、お母様。私に関係のある話なのですね? 何があったのですか?」


 そう問い詰めると、父は母に視線を送り、合図をする。どうやら、話す気になったようだ。


「この手紙には、この国のスクム第二王子殿下がエレーナに婚約したいとの申し入れが書いてある」

「えっ? 私の婚約ですか? 随分と早いのですね」

「先月、王宮でお茶会があっただろう? そこでスクム第二王子殿下がエレーナとの会話が楽しかったみたいで、気に入ったとここに書いてある」

「えっ? そうなのですか?」


 エレーナは先月のお茶会を思い出す。確かに今、夢中で読んでいる本の話や好きな音楽についてスクム第二王子殿下と会話をした記憶がある。

(でも、それだけで気に入ってもらえるものかしら?) 

 エレーナは秀でたところもない平凡で病弱な自分になぜ婚約を申し込んでくれたのか、理解ができない。


「ただ、王家に嫁ぐのであれば健康的な女性の方が良いだろう? だから、お断りするべきか悩んでいたんだ。 エレーナはどうしたいかい?」

「確かに、私は体調を崩しやすいので婚約者としてパートナーが必要とされるご公務など、体調不良でご迷惑をおかけするかもしれませんね。私もこのお話は受けるべきではないと思います」

「私たちも、同意見だ。では丁重にお断りをしておくよ」

「宜しくお願いいたします。お父様」


 エレーナの婚約についての話は、これで終わったはずだった。それなのに、数日後。


「エレーナ、スクム王子殿下がエレーナでないとダメだとおっしゃっている。エレーナが身体が丈夫でないことも婚約者としてお役に立てない可能性があることも伝えたのだが。将来的には身体が丈夫になるかもしれないから、是非、婚約して欲しいとおっしゃってくださっている。正直、ここまでスクム王子殿下が前向きな姿勢だとこれ以上は立場上、断ることは不可能だ」


「そうなのですね。わかりました」

 エレーナは父親の立場もよく理解していた。王族からの申し出を断るのには無理があることも。だから、体調が悪くて寝込んでいた時から考えていたあることを父親に提案してみる。


「それではお父様、私によく似た子供を1人雇ってはいただけませんか」

「はっ? 何だって?」


 公爵家の当主は、娘が何を言っているのか意味が理解できないらしい。

 そこで、エレーナはかつてより考えていた、高貴な方からの婚約話が断れなかった時に先方にご迷惑をおかけしないようにと考えていた秘策を父に話し始める。


「私が倒れた時に、私によく似た影武者を私の身代わりとして用意しておき、何時でもスクム殿下の支えとなってパートナー業務を遂行できるように人材を育てておきましょう」


(突拍子もない話だとは理解している。でも、私がいつ体調を崩すかわからないし、婚約期であったとしてもスクム殿下のご公務にご迷惑をおかけするわけにはいかないもの)


「しかし、エレーナ。王族を欺くとすると死罪になる。 せめてスクム王子殿下には体調不良の時は影武者がお前の代理をする可能性があると伝えておいたほうがいいと思わないか?」

「そうですわね……さすがに私と影武者の区別くらい婚約者になるのでしたら、おわかりになりますものね。わかりました。スクム王子殿下には影武者がいる……ということをお話しましょう。……といっても、まず私のそっくりさんを連れてくるところからですわね」

「そうだな。エレーナのそっくりの可愛らしい女の子なんてすぐには見つからないとだろうから、年単位で待ったほうがいいかもしれないよ」


 エレーナの父親は、我が子と似たような光輝く金髪で翡翠のような瞳を持った同じ年ごろの女の子を想像してみたけれど、全く思い浮かばない。しかも、エレーナにそっくりな子なんて見つからないかもしれないと心の中で思い、エレーナの影武者は簡単には見つからないと思っていた。


「安心してくださいませ、お父様。私はすでに私によく似た子を見つけております。うふふふ。本当にそっくりですのよ。あとで、彼女の居場所を伝えますので連れてきていただけますか?」


 目を見開いて驚く父と母を見て、エレーナは自分の影武者候補がすでに見つけてあることを示唆して、彼女を見たらもっと驚くに違いないと両親の反応に心を躍らせた。


 ■■■


 エレーナが自分そっくりの女の子を見つけられたのは偶然だった。エレーナ付きの護衛のマシューがたまたま街中でエレーナとそっくりな子を見つけて、間違って声をかけてしまったと話していたのを耳にしてからだ。その件があり、エレーナもその子に興味を示した。気になったエレーナは、自分の体調が良くて公爵領の孤児院を訪問した帰りに、その護衛のマシューにお願いをして、エレーナによく似ていると言っていた女の子の家に連れていってもらったことがある。


 初めて対面した時の衝撃は、今でも忘れられない。


(本当に私にそっくり……髪とお肌のお手入れをして、私のドレスを着せてみたいわ)


 最初から自分の影武者にしたいと思っていたわけではなく、単なる着せ替えごっこの遊び相手になって欲しいと思っていたくらいだった。


 ■■■


 翌日。

 父と護衛のマシューは、エレーナとそっくりの女の子を公爵家に連れて帰ってきた。


 女の子は貧しい平民で、あまり豊かな生活を送っておらず、家族で一緒にいたいと当初は、公爵家に行くことを拒んでいた。そこで、公爵は病気だという母親と弟も公爵家に一緒に引き取り、公爵家の敷地内にある一番小さいゲストハウスをあてがって、養うことを提案した。


 その女の子はルルと名乗り、エレーナと同じように教養、言語、政治などを学び公爵家当主がどこに出しても恥ずかしくない娘だと認めてから、エレーナに引き合わせた。引き合わせた時には3年が経過しており、エレーナは9歳になっていた。


 エレーナの私室にルルを引き合わせる時には、エレーナはルルに同じドレスを着せて、同じ髪型、同じ化粧にして対面することを望んだため、影武者の存在を知っている侍女のアリエルが渾身の腕をふるって仕上げてくれた。


 ■■■


「エレーナ。心の準備はいいかい?」

「もちろんですわ! お父様!」


 父はエレーナの部屋の前で待機させていたルルをエレーナと引き合わせた。


「まぁ!!!!!!」


 エレーナは鏡に映っているのではないかと思うくらい、全く同じ背格好のルルを見て心の底から驚いた。

(こんなにも、そっくりにできるのね。さすがだわ)


「こんにちは。エレーナお嬢様。エレーナお嬢様の影武者として今後ともよろしくお願いいたします」


 ルルと会話をしたのは3年前の教会からの帰り道の一度だけだったけれど、遠くからルルらしき女の子が私が寝込んでしまっている時に敷地内の庭園を歩いているのを窓から見かけたことはあった。公爵家の敷地内では時々、すでに私の影武者として練習をしているという報告は父から聞き及んでいた。


「本当にそっくりで驚いたわ! ルル、ありがとう! 私は身体が丈夫ではないからよく体調を崩してしまうの。今後、スクム王子殿下に私が傍でお手伝いができない時は、ルルが代理で殿下をお支えしてあげてくださると嬉しいのだけれど……」


「もちろんです。誠心誠意、エレーナお嬢様にもスクム第二王子殿下にもお仕えしたいと思っております。そのためなら、努力が惜しみませんので、こちらこそ宜しくお願いいたします」


 ルルがエレーナとして影武者をしても良いと思ったのには、訳があった。

 ルルの母親は病気で伏せており、ルルが家族の為に下働きをして生計を立てていたけれど、母親の看病をする時間も十分に無ければ、どれだけ働いても母親の治療に必要な薬は高価で手に入れることができなかった。そこに、公爵家当主が直々にルルのもとに足を運び、家族で公爵家に移り住み、食事から母親の看護、必要な薬まで全て面倒を見てくれるという提案をしてくれた。ルルにとっては、この上ない提案だったため、喜んでエレーナの影武者になる道を選んだ。


 エレーナも幼少期よりかは、体調を崩す機会が減ったけれどそれでもまだ社交に必要なお茶会も欠席することがしばしばあったため、エレーナと顔合わせした後から、体調不良の時はルルに代役をお願いするようになっていた。


 ルルの影武者としての仕事も素晴らしく、そのうちスクム第二王子殿下の婚約者のエレーナ嬢は最近では元気な姿を見せて、仲睦まじい姿を皆に見せているという噂が社交界に流れ始めた。誰もがルルをエレーナだと思い込んでいるようだった。


 ■■■


 エレーナも16歳になりデビュタントを数か月後に控えていた、ある晴れた日。

(今日はスクム王子殿下とお出かけの日ですわね。体調も良いですし、とても嬉しいですわ)


 エレーナは自分自身の体調が良く、婚約者としての務めを果たせることを嬉しく思っていた。

(殿下はまだ病弱な私のことを想って、婚約者として望んでいらっしゃるのか、お聞きできると良いのだけれど……)


 エレーナはこのまま、婚約者として居続けて良いのか頭を悩ませている。本当に結婚に至るのであれば、いつまでもルルを影武者として雇い続けて他人を欺くことは良くないことだと認識していた。スクム王子殿下が他のご令嬢に気持ちが移るまでの繋ぎとして、私を婚約者として据え置いてくれればそれでも構わないとすら考えていた。

(だって、こんな体調を崩しやすい私が殿下のお傍にいるだなんて、恐れ多いもの……)


 そんな後ろ向きの考えを持ったまま、スクム王子殿下とバラ園に出かけた。


「ここのバラも見事だけれど、やっぱり私にはエレーナ嬢の方が美しく見えるよ」

「……光栄にございます」

「ねぇ、先日の剣術大会で私は優勝したのだけれど、本当はルルではなくて君に見てもらいたかったんだ。君を守れるように鍛錬をしているから、是非その姿を見て、あわよくば私に惚れ込んでくれないかと目論んでいたのだけれど、残念だったなぁ」


 スクム王子殿下は、恥ずかしがることもなく、心の内をエレーナに見せてくれている。

(殿下のお言葉、とても嬉しいのだけれど、本当に私が婚約者のままで良いのかしら? 他にも殿下に相応しいご令嬢はたくさんいらっしゃるはずなのに……)


「スクム第二王子殿下。恐れながら、本当にこのまま私は婚約者の座に居座っていても良いのでしょうか?」

 その言葉を聞いたスクム殿下は一瞬、唇を噛みしめて切なそうな目をしてエレーナの顔を覗きこむ。


「エレーナ嬢。私は6歳の頃から君しか見えていないのだよ。君は確かに身体が弱くて寝込んでしまうこともあるかもしれないけれど、できるだけ君を支えたいし、生涯傍にいたいという気持ちはずっと変わっていないよ? それよりも、エレーナ嬢。君はどうなんだろう。 少しは私を夫とすることを望んでいたり……愛情が芽生えたりはしていないのだろうか」


 不安そうに見つめる殿下は、なんだか泣きそうな顔にも見える。


「私は……正直、スクム王子殿下との婚約は体調面で不安を感じておりましたので、今まで恋愛対象として深く考えておりませんでした。申し訳ございません」

 エレーナは正直に、自分は色恋に疎くてよく考えていなかったのだと殿下に申し上げた。


「わかったよ。私の努力も足らなかったようだね。もっと心から君に振り向いてもらえるように努力するよ」


 そう言って、バラ園での二人の婚約者同士としての語らいの時間は終わってしまった。


 ■■■


 その後。デビュタントに向かって準備をしていると視察を終えて戻ってきたルルが寝込んでいるという情報を侍女のアリエルに教えてもらう。


(今日は、私の体調も良かったのだけれど、お父様にデビュタントが近いから影武者のルルに私の代理をお願いして、領地内の施設に馬車で視察をお願いしていたのよね。何か良くない物でも食べたのかしら?)


 そう思っていたものの月日はあっという間に流れ、1か月後に行われる侯爵家に招かれているお茶会もルルに代役をお願いしたらいいと父に言われたエレーナは、デビュタントの日まで大人しく公爵家にて静かに過ごすようにしていた。


 すると、お茶会から帰った後から、再びルルは体調を崩して寝込んでいるから、しばらく影武者としては動けないと護衛のマシューから報告を受ける。


「ルル。大丈夫かしら。最近、よく寝込んでいるわね」

「そうですね。ルルも心配ですが、エレーナお嬢様はご自身の体調管理をしっかりとなさってデビュタントはご自身で参加できるように万全にしておいてくださいね」


 護衛のマシューが、冗談めかしてそういうので、私も頬を膨らまして「わかっていますよ」と返事をしておいた。


 そして、エレーナのデビュタント当日。


(よし、最近は体調管理もしっかりできていたから、今日のデビュタントを無事に迎えられそうだわ)


 エレーナは、人生で一度きりの大事なイベントを楽しみにしていた。

(でも、いつでも気分が悪くなってもいいようにルルも私と同じ格好をさせて、馬車の中にずっと待機していてもらうのよね)

 先日まで体調を壊していたルルができるだけ仕事をしなくてもいいように、エレーナ自身、今日は自分だけで乗り越えようと心に決める。


 ■■■


 婚約者であるスクム第二王子殿下と手を取り、王宮の大広間で一緒にダンスを踊り、華やかにデビュタントを飾れることができたエレーナはほっとしていた。

 少し、控室で休憩と化粧直しをしてからスクム第二王子殿下の姿を探すけれど、さっきまでいたはずの殿下が見当たらない。


「あれ? どこに行かれたのかしら?」

 エレーナは、殿下を探しながら月が綺麗な王宮の庭園に向かって歩いていくと、スクム王子殿下の背中を見つけて駆け寄ろうとする。


 その時。


 スクム王子殿下の傍にもう一人女性がいることに気が付き、足を止める。

(大事なお話の最中だったら、申し訳ないわ……あちらの椅子で座って待ちましょう)

 そう思って、向きを変えようとした途端。


 スクム王子殿下がその女性の腰に手を回し、顎に手を添えている姿が視界に入り、エレーナは息が止まりそうになる。

(……まさか……)

 そう思った瞬間。二人の影が交わり、唇と唇が重なったように見えた。


(え?!)


 エレーナはバクバクとする心臓を両手で押さえる。

(婚約者である私と踊った後に、他の女性とキスをしているの?! それとも見間違い?!)

 エレーナの頭の中は混乱していた。そして、重なった二人の影が離れて月明りがスクム王子殿下のお相手の女性の姿を映し出す。


(!!!!!)


 エレーナは思わず叫びそうになる。そこにいたのは、エレーナと全く同じドレス姿のルルだったからだ。


 ■■■


 その後、どうやって公爵家まで帰ってきたのかエレーナは思い出すことができない。

 スクム王子殿下とルルの重なる姿を思い出すだけで、泣きそうになる。

 胸がツキリと痛んで、涙がこみあげてくる。


(殿下…まさか、私と間違ってルルにキスをしたの? そうなの? 暗かったから、きっと私とルルと見分けがつかなかったのよね?)


 間違いだったとしても、影武者のルルに婚約者を取られたようで、一晩中泣き続けた。

 そして、ようやく自分の気持ちに気が付いた。


(私、焼きもちを焼いたのね。私とそっくりのルルにスクム王子殿下が間違ってキスをしたから、悔しかったんだわ。私が彼の隣にいるはずなのにってずっと思っていたなんて、気が付かなかった……6歳のころから私に好意を寄せて下さっているスクム王子殿下にご迷惑をおかけしないように、恋をしないようにしていたけれど、こんな私がいいとおっしゃって甘やかして下さる殿下に、自分でも気が付かないうちに愛しい気持ちが芽生えていたみたい……)


 エレーナは自分の気持ちに気が付くと、すぐにスクム王子殿下に、次にお会いできるのはいつなのかとお伺いを立てる。すると、「今日の午後には公爵家に訪問します」と伝令がきた。


 ■■■


「スクム王子殿下。お越し下さりありがとうございます」


 エレーナは泣きはらした顔のまま、殿下をお出迎えする。そんな泣き顔に気が付いて、殿下がオロオロしている姿を見ると愛されているのだと実感できて、エレーナは嬉しくなる。


「どうぞ、こちらへ」


 執事が殿下を応接室に案内すると、廊下に繋がる扉は開け放たれたまま、何かを察したのか執事はエレーナと殿下を二人きりにしてくれる。廊下には護衛のマシューも、お茶だけ出してすぐに退室した侍女のアリエルも待機していてくれる。


「何か悲しいことがあったのかい、エレーナ。 昨日はあんなにも華麗なデビュタントを飾ったというのに……」

 スクム王子殿下はエレーナの傍に寄って、エレーナの横に二人並んでソファに腰かける。


「スクム王子殿下。私は今までに病弱な自分に自信がなくて、殿下の傍にいるのは相応しくないと考えておりました。それでも変わらず愛情を注いで下さる殿下に甘えていたのだと昨晩、気が付きました」

 エレーナはうつむきながら、手にハンカチを握りしめて、泣き顔の訳を話し出す。


「うん。そうなんだね」

 殿下は相槌だけ打って、耳を傾けてくれている。


「それで、昨晩。私は自分の気持ちに気がついたのです。殿下の……その……」

 そこからエレーナはなかなか言葉を繋ぐことができない。それでも、殿下は気長に待っていてくれる。


「昨晩、庭園で殿下がキスをしているのを見たのです。しかも私の影武者であるルルと!!」

 エレーナは、意を決して昨日の目撃内容を殿下に伝える。


「あれは……エレーナの私ではありませんよ? スクム王子殿下。ルルを私と間違われてキスをなさったのですか?」


 エレーナは恥ずかしい八つ当たりになっていることはわかっていたので、殿下の目を見る事はせずにうつむいたまま話を続ける。


「私は、殿下が他の女性とキスをしているのを見て……悔しかったのです。……それで、自分が焼きもちを焼いていることに気が付きました。私のスクム王子殿下をとらないで! おこがましくもそう思ってしまい、殿下に恋心を抱いていたということを自覚したのです。ルルも素敵な女性ですが、私だけを見て下さい。私、そっくりのルルではなくて!」


「そうなんだね……それで、一晩泣き明かしてくれたんだね?」


 スクム王子殿下は、うつむいたまま再び涙をボロボロとこぼす私の手の上に、殿下の手を重ねる。

(どうしましょう。本当は、私と同じ外見のルルにもう魅かれていらっしゃるのかもしれない……)

 私の両手を温かい殿下の両手が包みこむ。


「何から話せばいいのだろうか」

 殿下は言いづらそうに、どうやって説明しようかと悩んでいる。その姿を見て、エレーナは裁きを受ける前のように時が長く感じた。


「まず。謝らないといけないね。君を泣かせてすまなかったね。ルルとは、そんな間柄ではないよ」

「で、でも! 私はこの目で確かに見たのですよ! 昨晩、二人が庭園にいるのを……」


「じゃあ、順を追って話すね。いいかい? まず、ここ最近、ルルに君の影武者をお願いして表舞台に出てきてもらっていたのには、きちんと理由がある。君の耳には入れたくなかったんだけど……婚約者の挿げ替えを狙っている派閥があってね。領地の視察に向かう馬車に乗っている時に奇襲を受けるだろうということと、侯爵家のお茶会で毒を盛られるだろうと事前に情報を掴んでいたんだ。……それで、あえて君ではなくてルルに参加してもらい、犯人と黒幕を捕まえるのを手伝ってもらっていたんだ。だから……馬車で奇襲を受けて、ルルは腕に傷を負って帰ってきていたんだ。まだ療養が必要な期間だというのに、毒を盛られるかもしれないお茶会にも、ルルは君の命を守るためなら、協力したいと申し出てくれてね。それで、用意していた解毒剤で解毒はしたけれど毒の回りが速かったらしく……お茶会の後は、しばらく寝込んでいただろう?」


「うそ……ルルがそんなひどい怪我を? 私の身代わりになって?」

 エレーナは、何も知らなかった自分を恥じるとともに、スクム王子殿下やルル、そして公爵家にいるみんなに守られていた事実を知って、胸から感謝がこみあげてくる。


(私、何も知らずに……ぬくぬくと家で自分の体調のことしか考えていなかったのだわ。私の影武者として、身代わりにルルが腕に怪我を負っていたことも、毒を盛られていたことも知らなかった……)

 そこで、エレーナの耳には入らないように情報統制が為されていた事に、初めて気が付く。


「それでね。解毒が遅かったせいで、ルルは少し視力が落ちてしまっているんだよ。両目とも失明には至っていないけど、あまり見えていないんだ、今は」


「私が本当は失明をする運命でしたのね? それをルルが身代わりになってくれたのでしょう? 影武者だなんて、私は何てひどいことを今まで彼女に強いてきてしまったのかしら」

 自分がしてきたことを想い出して嗚咽が漏れる。自分が負うべき負担を、影武者のルルに負わせてしまうだなんて。


「だから、昨晩はルルに月明りの元で瞳を見せてもらっていたんだよ。王宮の医師には優れた者がいるからね。治せるレベルなのかどうか確認させてもらったんだ」


 それを聞いてやっと理解した。昨晩、殿下とルルはキスなんかしていない。毒の後遺症である視力が元に戻る可能性があるのか、殿下はルルの瞳を覗き込んで確認していただけなのだと理解した。


「結論をいうと……ルルの視力は元に戻せると思うよ。あと、馬車の襲撃時に負った傷もね。だからエレーナ。自分を責めないで。ルルも君が無事で安堵していたんだよ」

 エレーナは、溢れ出る涙がボロボロとこぼれた状態のまま、殿下に顔を向ける。


「ほ、本当ですか? 本当にルルは良くなるのですか?」

「あぁ。安心してくれていい。それと、一番、肝心なことを言わないといけないのだが……」

「はい……」

 エレーナは、まだ話の重要な部分で聞いていないことがあるのだと、真面目な顔になり殿下の次の言葉を待つ。


「ルルは……男の子だよ? 本当の名前はルーカスで、ルルは愛称なんだって。君がルルを女の子だと勘違いして、それを訂正せずにそのままにしていたのは、ルルを男の人だと君が意識して欲しくなくて、敢えて勘違いさせたままでいるように、私が仕組んでいたんだ。 これは単なる私の身勝手な想いからなんだ。 ごめんね。 そして、彼は君に悟られないように剣術、体術、武術とありとあらゆる術を身につけて、君の災いを自ら引き受けようとしていてくれていたんだよ?」


「へ……ルルはルーカス?」


 エレーナは、10年間という長きにわたり、ルルの性別を勘違いしていた。そしてエレーナ以外の全ての者がそれを知っていたけれど、敢えて誰も訂正しなかった。その方が異性として意識しなくていいからだという。しかも、私の身を危険に晒すリスクを減らすために、剣術などの訓練まで行っていてくれていた。


「でもね。もうルルも限界だったんだよ。彼には声変わりや男性ホルモンを抑制する薬を飲んでもらっていたからね。でも、彼の将来を考えるとそろそろ成長を止められない時期にまできてしまった。だから……ルルにはもう君の影武者を辞めてもらってもいいかな? エレーナが私と結婚してくれたら、今度は私と王家が君守るから……」

 全て話を聞いてエレーナはやっと、自分のことばかり考えて気がついていなかったけれど、ゆっくりと体調を気遣いながら、恋心が育つように公爵家のみんなとスクム王子殿下が大事に見守ってきてくれていたということを理解した。


「はい。私もスクム王子殿下をお慕いしております」

「エレーナ嬢へのキスは結婚式までとっておこうと思っていたのだけれど、焼きもちを焼いてしまったくらいだから、今の方がいいのかな?」

「もう、殿下はいじわるなのですね。式当日まで待てますわ」

「そうか、それは残念だ。でも勘違いさせたお詫びに」


 そういうとスクム王子殿下はエレーナを抱き寄せて、頬に優しく唇を寄せた。


 こうして、デビュタントの次の日。スクム第二王子殿下とエレーナ公爵令嬢はお互いの気持ちと愛を確認することができ、次の年、王国は2人の結婚式で喜びに包まれることになる。

 ルルは王宮で治療を行い、全ての治療を終えた後、エレーナの専属護衛として騎士爵位を賜り、一緒に王宮に上がってエレーナをずっと末永く支え続けてくれた。

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