45俺の妻に~最終話
キャメリオット公爵家の不測の事態はすぐに国王に知らされ議会でも取り上げられた。
その結果、国王陛下も事態を重く見てキャメリオット公爵家の領地の全てを没収する事になった。
クリストは脅迫、脅しなどの罪で労役の刑となり、リリーは違法薬物の売買で生涯牢に入れられることになった。
ライオスは伯爵となったが王宮貴族となり生涯働くこととされた。その賃金の中からミモザへの賠償金も支払われる。
おまけに宰相補佐だったのだからと行政院の事務官に任命されたがまるで仕事が出来ずまでは貴族ではなく窓際族だったのではと噂されているらしい。
ヴィオラはもちろんあっという間にライオスを見限った。
ミモザはキャメリオット公爵家から賠償金を貰いクリストには子供には一切かかわらないと念書を書かせた。
そしてペルサキス診療所でセルカークと暮らし始めた。
セルカークはそれはそれは優しくミモザを気遣い大切にしてくれた。
ミモザもお腹の子供為にと一生懸命診療所の手伝いや家の事をした。
重いものを持とうとするとすぐにセルカークが駆け付けてくれる。
食器洗いは自分の担当だと言わなくてもやってくれる。洗濯ものだって大変だからと手伝ってくれる。
それに彼の煎れてくれるお茶は妊婦に必要な栄養がいっぱい入っていてそれでいて美味しかった。
ミモザのささくれ立っていた心や身体はセルカークの優しさと気づかいでほぐれて行き満たされて行った。
そしてセルカークがなくてはならない存在になっていった。
ミモザにとってこの場所は愛に溢れていた。
それからは数か月。
ミモザは産み月に入っていた。
お腹はすでにパンパンになり、毎日腰が痛くて階段の上り下りも辛く何かあってはとセルカークがそばで寝るようになっていた。
「大丈夫だ。テルヒさんは助産師の資格も持っているし、俺だって少しは経験がある。お産は何も心配ないから…」
セルカークはあれ以来、好きだとか結婚したいとは一言も言っていない。
ミモザの事だけを考え彼女の世話をやき心配をして来てくれた。
ミモザはもうとっくにセルカークと結婚してもいいと思っているのだが、言い出すきっかけがなかったと言うかひとつ心配があった。
まず子供の事だ。
セルカークと生まれてくる子共とは血が繋がっていない。
セルカークがいい人だということは良く分かっていた。シルヴィの時とは違うということも。
自分が愛されているとも思えていた。
そして何よりミモザ自身がセルカークを深く愛していると思えば思うほど自分自身がひどく穢れている事が気になって仕方ない。
信じ切れないのは自分の方ではないかと思うが、もし信じて裏切られたらと思うと恐くてたまらなかった。
その夜ついに産気づいた。
数分間隔で襲ってくる陣痛に唇を噛みしめて必死に耐える。
その間セルカークも同じように苦しみの表情でミモザを見守ってくれる。
「先生は痛くないのに…ずるいわ。そんな顔をして」
「ミモザが苦しんでいるのに苦しくないはずがないだろう。俺が変わってやりたいがこればかりは…すまん。君だけ痛い思いをさせて。せめて。そうだ。俺を叩くなりつねるなりしろ!」
セルカークは自分の身体を差し出すようにミモザに近づく。
「そんな暇があったら私の背中をさすって下さい」
「ああ」
セルカークは塩お会いしたと思ったらしく、しゅんとした顔をするとミモザの背中を大きな手のひらでさすり始めた。
温かい温もりがミモザを包み込んでいく。
激しい陣痛の激流が凪いだ時、脳内にこれからのふたりの未来が描かれて行った。
この手が赤ん坊をあやしてご飯を食べさせて風呂に入れて…
彼の優しい手が赤ん坊に触れるところが見えた。
その瞬間!
赤ん坊がミモザのお腹の中で大きくうねった。
(そうだよお母さん。この人を信じてごらんよって)言われた気がした。
すとんと憑き物が落ちたみたいに心がすぅっと軽くなった。
(ああ…この人とならきっと幸せになれる。私はシルヴィじゃないし、セルカークもあの頃とは変わった。彼ならこんな私でも受け入れてくれる。私たちはこれから幸せにることが出来るはずだわ。この人なら絶対に子供も可愛がってくれるに違いない。もう迷ったりしない。新しい命の誕生とともにすべてのわだかまりを捨てよう。そしてセルカークと新しい未来を生きて行こう。何と言ったって私たちは愛しあっているんだから)って素直に思えた。
「ミモザ?」
「セルカーク」
ミモザはあれから初めて名を呼んだ。
「今、俺の名を?」
くるりと向きを変えてミモザはセルカークを見上げた。
相変わらず美しい金色の瞳がこちらを見ている。セルカークは名前を呼ばれて相当うれしかったのだろう。
こぼれんばかりの笑みをミモザに向けて来る。
「セルカーク…」
「ああ、なんだ?」
その声はミモザを包み込む。
「ほ、ほんとに私でいいの?」
「なに言ってるんだ?ミモザじゃないとだめだってわかってるだろう?」
彼の瞳孔の奥がきゅっと悲しみに締め付けられたみたいに見える。
「だって私は穢れてるから…」
「そんなことない。だったら俺なんかどうする?ミモザこそこんな俺でいいのかって思ってる。でも、君を愛してる。心から愛してるんだ」
あれから初めて聞いた彼からの愛の告白だった。
もう迷いは消えた。私は何を迷っていたのだろうかって…
「セルカーク。お、お願いがあるの。私と生まれる前に結婚してほしいの。だめ?」
「い、今なんて?け、結婚してもいいって言ったのか?」
「ええ、そうよ」
「ああ、俺はいつだって結婚するつもりだ」
「フフッ。うれしい。今から籍入れて来てくれない?」
「今すぐにか?ぶっ!」
セルカークはあまりの事に吹き出した。
「ばか!ミモザが苦しんでるんだ。今ここを離れるわけにはいかないだろう?お前に何かあったらどうする?絶対俺が守るっていっただろう。だから子供が生まれてからでもいいか?」
胸の奥で喜びが弾けた。
うれしくて眦から大粒の涙が伝う。
「セルカーク。あなたを愛してるわ」
「ばか、こんな時に…俺だってミモザを死ぬほど愛してる。ほら、泣く奴があるか。そんなことしてたらいきめないぞ。しっかりしろ。もうすぐミモザは母親になるんだ。そして俺の妻に」
「うん、セルカーク。あなたの妻にして下さい」
「ああ、二度と離さないからな。覚悟しろよ。俺の妻に…ミモザ心から愛してる」
セルカークもポロリと涙をこぼしながらいい年の癖に照れて頬を赤くした。
こうしてまた陣痛が来た。
心のつかえがとれたせいか思いっきりいきむことが出来た。
そして無事に男の子が産まれルカと名付けた。
セルカークはミモザをテルヒに託すと直ぐに籍を入れに行った。
ルカはセルカークの実の子として籍を入れた。
ミモザはそれを後で知った。
「セルカークはいいの?」
「当たり前だ。こいつは俺の子供だ。この数か月一緒に過ごしてこれからもずっと一緒に育てていくんだ。ミモザ、今度こそ俺を信じて欲しい。絶対に幸せになろう」
「幸せにするじゃなくてなろうなの?」
「ああ、俺はお前がいればすご~く幸せになれるからな。ミモザもルカもみんなで幸せになろうな」
まったくセルカークはミモザの涙腺を崩壊させっぱなしで、また今日も泣いてしまった。
2週間後あの教会で式を挙げた。
セルカークは緊張しまくり誓いの言葉は噛んだが誓いのキスは渾身の想いを伝えようと決意していた。
何しろキスさえまだだったふたり。
セルカークの気合は相当なもので…
司祭から「では、誓いのキスを…」と言葉が。
遂に夫婦になって初めての作業が…
見つめ合う瞳には互いの姿が映し出されその途端周りを甘い空気が満たして行く。
差し出された彼の手が後頭部に添えられてミモザはそっとつま先を伸ばす。
金色の瞳が目の前に迫って来てミモザは吸い込まれるように身を任せると柔らかで温かなぬくもりがふわりと唇に触れた。
「ミモザ…一生君を愛すると誓うよ」
セルカークの声はかすれ、声は震えている。
「私もあなたを生涯愛すると誓うわ」
ふたりの吐息が重なり合うと自然に唇が重なり合った。
触れ合わせた唇は長い時間を埋めるように何度も何度も重なり合い角度を変えながら激しさを増して行く。
セルカークの舌がミモザの唇を割って入り込み彼女の舌を絡めとりねちょねちょと粘着質な音が響こうともふたりの愛の行為は収まる気配はない。
ふたりの息は上がり吐息が混じり合う。
まるでここはふたりだけの世界のように…
「…コホン…」
やっと激しく甘く長ーいディープなキスになっていたらしいと気づくふたり。
ミモザの心はトロトロになったが脳内は恥ずかしさで悲鳴を上げた…
参列者から「ヒューヒュー!」と大歓声が沸き起こったのは言うまでもない。
真っ赤な顔になりながらも指輪の交換をして無事に式が終わるとミモザはコスモスで出来たブーケを高く高く放った。
セルカークと結婚したと天国のシルヴィに報告するために。
【シルヴィの分まで絶対幸せになるから】と…
もちろん参列者はペルサキス侯爵家の一族一同。
ミモザの両親も。父は事情を知ってミモザに謝った。母は嬉しそうにミモザを祝福してくれその腕には生まれたばかりのルカがいた。
アルク子爵にはミモザがシルヴィの生まれ代わりだと話していた。
アルクはやっぱりと妙に納得して「ミモザとは何だか会った途端に他人の気がしなかったんだ。これからは俺の事はお兄さんと呼ぶように」と嬉しそうにミモザを抱きしめた。それ以来本当の兄のようにミモザを可愛がっている。
結婚式には「当たり前だろ。俺の妹なんだ」と付添人としてミモザの隣に立った。
セルカークはそれをいつもジト目で見る羽目になったが結婚してやっとほっとしたのだ。
これでミモザは俺の妻だとずっとミモザを抱きしめたままだった。
その後の披露宴にはテルヒさんや旦那さん。診療所の皆さんもお祝いにやって来て賑やかな披露宴が行われたのだった。
~エピローグ~
その後キャメリオット公爵家の領地は没収された後半分は国が管理することになった。
国王は残りの半分をペルサキス侯爵家の管理にしてセルカークにはディマス伯爵の称号を与えた。
セルカークとミモザはルカと一緒に診療所をたたんで、ディマス領に移った。
セルカークは国から派遣された領地管理担当者から指導を受けて新たな領地管理の猛勉強中だ。
この辺りはもともと薬草の生育が盛んで、ミモザと一緒にこの領地をもっともっと栄えさせていくつもりだ。
「ミモザ、領地の見回りに行こう」
セルカークがミモザの手を取る。
「ええ、セルカーク今日も張り切ってるわね」
「当たり前だろう。ミモザとルカがいてくれるんだ」
ふたりは眩しいほど煌めく光の中に一歩を踏み出した。
~おわり~
最期までお付き合いいただき本当にありがとうございました。次回作も頑張りますどうぞまたよろしくお願いします。はなまる




