43ミモザ救出
キャメリオット公爵家の屋敷の前に次々と馬車が到着する。
一番前の馬車からアルクが降りるとその後に続いて黒いコートの一団が公爵家の門の前に整列した。
騎士隊員は馬車に待機する。
その中にセルカークもいた。彼も同じような黒いコートに身を包んでいる。
セルカークはいつでも応戦準備は出来ているとばかりに意気込んでいる。
「わかってると思うが、今の公爵夫人の容疑はミモザさんの違法監禁の罪だ。それ以上の事は決して口外にしないように、俺とマックスは公爵夫人に事情を聞く。他の者」
「「「「「はいっ!」」」」」
「書類の押収が2名。リックともう1名はミモザさんの救出に当たってくれ。そうだ。セルカーク!」
「はいっ!」
「お前は部外者だが、妊婦の監禁と言うことでミモザさんの体調が心配だ。そのため救出後すぐに彼女の容体を確認してくれ。そのために来てもらったんだからな。わかってるな?」
「もちろんです。任して下さい」
セルカークは気合を入れた敬礼をする。
「よし。いいな。みんな気を抜くなよ!」
「「「「了解しました!」」」」
公爵家の屋敷に入りすぐに執事に公爵夫人の所に案内を頼む。他2名の調査官も書類の押収のため一緒に案内を頼んだ。
リックと調査官1名とセルカークはミモザの監禁されている地下室に向かう。
リリーはのん気にリビングルームでお茶を飲んでいた。
「あなた達は誰なの?いきなり失礼じゃないの」
アルクとマックスが公爵夫人であるリリーに対面して身分証明書と逮捕状を見せた。
「一体どういう事?」
リリーはまるでわからないという顔をしてソファーから立ち上がった。
「もう、言い逃れは出来ませんよキャメリオット公爵夫人。ミモザさん違法監禁の容疑、ならびに耐えがたき法の容疑で逮捕します」
「何を言っているのよ。彼女は公爵家の跡取りを身ごもっているのよ。だから我が家で保護しているだけよ。まったく何を言い出すのかと思えば…」
リリーはまたソファーに座り直す。
「彼女のお腹の子供はあなたの夫であるクリスト・キャメリオットの子供です。彼は公爵家の血を引いてはいないはずですよね。と言うことはミモザさんの子供はキャメリオット公爵家の跡継ぎにはなりえないって事です。権利は彼女にあるんです。おまけにあなたは貴族で彼女は平民です。それがどういう事かわかりますよね?さあ、行きましょう」
リリーは顔面蒼白になり首を激しく振った。
「そんなはずはないわ。あれは私の孫で公爵家の跡継ぎになる子で…何を言ってるのよ。こんな事許さないわよ!」
怒鳴り声を上げるリリーの腕をアルクが、がしっとつかむ。
するとリリーは力なくうなだれた。
そんなリリーをマックスが連れ出して行く。
リリーは騎士隊員が待つ国防院の馬車で待機させた。
その頃ミモザは地下室から助け出されていた。
リックが声をかける。
「ミモザさんこの度は大変な目に合われましたね。でも、もう安心して下さい」
「ありがとうございました。ラウラが手紙を届けてくれたんですね。助かりました。一時はどうなるかと…」
ミモザはセルカークにすぐに気づいた。でも彼は記憶を失ったままだろうと思っていた。だからどうしてセルカークがここにいるかさえも分からずにいた。
セルカークはあんなに決心をしたのにいざミモザを見るとなんと声をかけていいのかと迷った。
「セルカーク。ほら、ミモザさんの容体を…」
「ああ、ミモザさんどこか痛む所や苦しい所はありませんか?」
「はい、ありません先生」
「では、歩けそうですか?」
(ったく…何を言ってるんだ俺は…一時も早く彼女の無事な姿を見たかった。そして俺と結婚しようというつもりだった。お腹の子を一緒に育てたいとも…でも、彼女の顔を見たら何を今さらとまた心が怖気くなんて…)
「ええ、もちろんです。縛られていたわけではありませんから」
ミモザはリックたちの後について地下の廊下を難なく歩いて行く。
「でも、無理はいけません。上の階に上がったら部屋で容体を見てみましょう」
「はい、お願いします。先生」
一階の客間を借りてミモザの容体を見る。もちろんそばにはひとりの調査官が付いている。
向かい合わせに座り彼女の脈を取り瞳や首周り手や脚など打ち身や切り傷などがないか丹念に見て行く。
「口を開けて」
「あ~ん」
「喉も異常ないですね。お腹は痛くはありませんか?」
「はい、ですが吐き気が少し…悪阻のせいだと思います。あの…何か飲むものを頂きたいんですが」
「ああ、これは気が付かなくて」調査官がすぐに飲み物を頼むため席を外した。
ミモザは思っていた。
(セルカークはまだ記憶が戻っていないんだわ。私を見ても他人行儀だし診療所で看護したことは覚えてるのかしら)
「やっとふたりきりになれた…」
「えっ?」
「いや、ミモザさん俺の記憶は戻ったんだ。君を思い出した。そして君がシルヴィだったことも全部‥・すまなかった。いや、謝ってすむことじゃないってわかっている。でも、謝らずにはいられない。シルヴィが倒れていた時も、墓の前で言い争った時も、そうしようと思っていた。でも記憶を失くして…すまん。俺を許してほしいなんて言えるわけもない。でも、俺はずっと後悔して来た。だからミモザさんと出会ったのも運命だって思う。そして君の妊娠でさえも…」
「それは、関係ありまっ」
セルカークはミモザの手をそっと握りしめた。
「いや、関係ある。そうとしか思えない。だってシルヴィは妊娠したまま亡くなった。そして21年。ミモザさんに出会って俺の時間が動き始めた。そして君が身ごもった。俺達やり直せないか?もう一度。いや、君はシルヴィじゃない。まったく別の女性だ。けれどシルヴィの記憶も持っていて…俺、もう何言ってるんだか…とにかく君が好きだ。こんな気持ち初めてなんだ。君と一緒にいたい。子供は一緒に育てよう。どうだろう?とにかく考えてほしいんだ」
セルカークの顔は真剣だ。
ミモザは狼狽えるがすぐに現実に戻る。
「無理です。だって先生。お腹の子はあなたの子供ではないんです。そんなの無理に決まってます」
(セルカークが好き。でも、それは妊娠が分かるまでの事。一緒にやって行けるはずがないもの)
「やっぱり俺を許せないから?」
セルカークのどこまでも美しい金色の瞳がミモザの心を射抜くように見つめる。
切なくて苦しくて耐え切れない思いがその瞳に宿っている。
「なんとか言ってくれ…」
彼の声が擦れ、喉ぼとけが上下に動く。
ミモザはゆっくり首を横に振った。
目の前のセルカークの瞳から涙が零れた。それは美しい真珠のように小さな玉となって彼の頬を伝う。
ミモザはその光景に目を見張った。
あまりに尊い涙だった。
偽りのない美しさに目を奪われミモザの心の琴線に触れた。
「先生…泣かないで下さい。私はあなたの事を恨んでなんかいません。憎んでもいません。あなたがどれだけ苦しんで来たか知ったから、あれからあなたが必死に生きて来たから、全部知ったから、あなたを好きになったんです。私はあなたが好きです。だからこそ、これ以上あなたに迷惑をかけるわけにはいかないんです。これは私の問題です。先生はもう償いなんかしなくてもいいんです。私は先生が好きだから。だからこそもっともっと幸せになってほしいんです」
気づけばミモザの瞳からも涙が溢れていた。
「俺の幸せはミモザ。君を一緒にいる事だ。子供はふたりで育てよう。誰の子かなんてそんな事は問題じゃない。償いがしたいわけでもない。俺は君と一緒にいたいだけなんだ」
「そんなのずるいです。私がこれから困ると分かってそんな事を言ってるとしか思えません」
「そんな事…じゃあ、診療所で働かないか?結婚して欲しいなんて言わない。ただ君の友人として手助けさせてほしい。どうだろう?」
ミモザは溢れる涙を手の甲でごしごし拭うとセルカークをきょとんと見た。
「先生。おかしいですよ。どれだけ譲歩する気なんです?」
「君が納得するまで、どんな事になっても君のそばにいたい。もう、絶対そばを離れたくないんだ」
「ふふっ、それ、もう病気ですよ」
ミモザは泣き止んでフフッと笑う。
「ああ、君なしでは生きていけない。これはきっとミモザ依存症だな。治癒にはミモザが不可欠なんだ」
セルカークも白い歯を見せて笑う。
「仕方ありませんね。では、診療所に戻ります」
「ありがとうミモザ。絶対君を後悔させないから、いつか結婚したいって言ってもらえるように頑張るから、俺を見捨てないでくれ」
セルカークはミモザに向かって手を合わせる。
「私は崇拝されるのは好きではありません」
「なっ!そんなつもりじゃ。とにかくよろしく頼む」
「それはこっちが言うセリフですから。先生よろしくお願いします」
そこに飲み物を持った調査官が入って来た。
「飲み物持ってきました。先生、彼女は?」
「ああ、すべて問題なしだ」
「それは良かった。ミモザさんこれを飲んだら出発ですから」
「はい、わかりました」
こうしてミモザ達は法務院に向かった。




