39ミモザの権利
豪華な馬車はキャメリオット公爵家の屋敷に入って行った。
「ミモザおかえり。とうとうやったわね。こんなうれしい事はないわ」
馬車が到着するなり義理母が表に出迎えに出て来た。
満面の笑みを浮かべそれはもう嬉しそうに手を差し出した。
「さあさあ、ゆっくりよ。何かあったら一大事だもの。あなたの部屋は一階に移したの。日当たりのいい客間よ。安心してここで暮らしてちょうだい」
ミモザの脳内で拒絶の嵐が吹き荒れる。
(だから嫌だったのよ。この人跡取りが出来たらこうなるって思っていたけど…私は離縁した元妻です。そこをお忘れなのではありませんか?黙っていては前のように義理母の思うようにされてしまう。私はもうこんな精神を病むような暮らしは嫌なのよ)
「何をおっしゃってるんです?私はもうキャメリオット家の人間ではないんです。この屋敷で暮らす事もありませんし、夫とはもう赤の他人何です。いくら妊娠したからと言ってここに住むこともあり得ません。元おかあさま!」
ミモザは義理母の差し出した手を払いひとりで馬車を下りる。
「まあ、ミモザ。きっと妊娠初期の不安定な時期であなたは正しい判断が出来ないのよ。これから大変なのよ。悪阻で働くことも出来ないわ。お腹は大きくなっていくしお産だって…いいから私に任せなさい。今はゆっくり休養を取ることが一番なんですよ。それにはここで暮らすのが一番いいに決まってます。離縁していてもあなたのお腹にはキャメリオット家の跡取りがいるんですから、面倒見るのは当然じゃないの」
義理母の講釈はミモザの話などお構いなしに炸裂する。
「公爵夫人。私の話を聞いて下さい。ここに来たのはお腹の子供の話をするためです。それでライオス様は何とおっしゃってるのでしょうか?」
「あの子は当てにはならないわ。頭にあるのはヴィオラとの結婚ばかり、あんな女のどこがいいんだか。だから子供が生まれたらこの子を跡取りに指名するつもりなの。ミモザさんは嫡男の母親、だから安心してここにいればいいのよ」
「そんな事ライオス様が許すはずがないです。それにお腹の子は私の子供でもあるんです。いくら元お母様がそんなことをおっしゃっても私が許さない限り子供を取り上げることは出来ません。権利は私にあるんです。それはご存知ですよね?」
この国には子供の親権を持つものが子供の養育権を持つことが出来る。
夫婦であればそれは当然ふたりが親権を持つが、離縁していれば離縁の被害者側に親権が渡る。これは耐えがたき方の考え方から来たもので、現にライオスとは性行為不能法での離縁であるから当然親権はミモザにあるのだ。
この権利があるからこそミモザもここに来たのだ。
そんな権利もなくここに来ていたら子供を産んですぐに取り上げられるのが目に見えている。
それに嫡男の子供と言っても子供が18歳になるまでは親権を持つ親の元で暮らすことも出来る。
まあ、普通は爵位のある家で暮らすのが当たり前という考えがほとんどだが…
「まあ!子種はうちの夫なのよ。ライオスの事を持ち出して親権が貴方にあると思ってるんでしょうけど、夫との間の子供となればどちらに非があったと思われるのかしら?あなたは私の夫を誘惑してそして妊娠したともいえるのよ。あなたにだけ権利があるなんてどういうつもり?勝手に離縁して出て行ったあなたをこんなに快く迎え入れてあげるって言ってるのに。護衛兵!ミモザを地下室に連れて行きなさい!ミモザあなたの立場をかんがえなさい。子爵家の令嬢のくせにおまけにあなたの家の借金まで肩代わりしたのよ。恩を仇で返すつもり?こうなったら考えを改めるまであなたを出しませんからね。よく考えなさい。ふん!」
「元お母様。そんな事をしても無駄です。もしそんな事をしたことがわかれば罪の問われるのは元お母様です」
「うるさいわよ!」
「いやです!放して。手を離して。ひどいわ。こんな事するなんて。気が狂ってるとしか思えない。この人でなし。放しなさいよ!いや!放して!」
ミモザは悪態をつくが、全く聞き入れてはもらえない。
護衛兵ふたりに片方ずつ腕を掴まれ無理やり地下室に連れて行かれた。
地下室はきっと何代も前から幽閉する人間の為に使われてきたのだろう。
部屋はまるで普通の部屋のようにきれいな壁紙が貼ってあり床には質の良い絨毯が敷き詰められてベッドはふかふかで家具はどれも使い込まれてはいるが高級品だ。
机は食事や書き物をしても余るほどで、椅子はひとり掛けのクッションのついたものだ。
おまけに高いところに明かり取りの窓があって昼間はかなり明るい。
空気もきちんと入れ替えが出来るように通風孔がある。
おかげで地下室とは思えないほど快適な空間になっている。
そして極めつけはミモザの着替えが用意してあった。
ミモザは笑った。
(きっとこうなるって思ってたんだわ。ちゃんと準備してるなんて。癪に障る!)
護衛兵も元ライオスの妻と分かっているので手荒なことはしなかった。
無理やりだがミモザを地下室に案内すると言った。
「申し訳ありません若奥様。こちらでしばらく過ごしていただきます。食事や身の回りの物など必要なものは用意します。何かあれば何でも出入りする侍女に申し付けて下さい。…ですが若奥様。大奥様には逆らわれない方がよろしいかと存じます」
「若奥様って呼ばないで、私はもうここの人間ではありません。でも、このままで済むと思わないでちょうだい!」
「すみません。後で侍女が夕食をお持ちしますのでご安心ください。では、失礼します」
護衛騎兵は一礼をして去って行った。
ミモザはどうやってここから脱出したらいいかと思案に暮れたがとにかくベッドに座り込んだ。
ふかふかでおまけにベッドの上には真新しいシーツまで置いてあった。
(あの、人でなし。絶対許さないんだから!)




