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悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい  作者: はるくうきなこ


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37ミモザ後悔する?


 それからセルカークの所には町の人がたくさんお見舞いに来た。

 一番乗りは繁華街でパン屋を営んでいるご主人だ。

 「先生、驚いたよ。人を庇って怪我したんだって、まっ、先生らしいが早く良くなってくれよ。でないと俺達が困る。まっ、これでも食べてくれ!」

 お見舞いにとたくさんのパンを持って来てくれた。

 今夜の夕食には美味しいパンがでるはずだ。


 「おい先生、大丈夫か?」

 次に血相を変えて来たのは同じく繁華街で娼館をしている男性らしい。

 「ああ、イラフか。大丈夫に決まってる」

 「良かった。家は先生がいてくれないと女たちが仕事が出来ないって言うんだ。何かあった時駆け付けてくれるのは先生だけだからな…そういやぁ、診療所の帰りにライラックが先生に会ったって言ってたが、そのすぐ後らしいじゃねぇか。何やってんだよ!」

 「そうだったのか?俺は覚えてなくてなぁ」

 「ライラックは風邪をひいて薬を貰いにここに来てたんだ。ほんとは先生の所に行くつもりだったが先生んとこ休んでただろう?それで仕方なく教会の診療所に行ったんだ。みんなあんたを頼りにしてるからな。まあ、そんなわけだから早く良くなってくれよ。これ、みんなからの見舞いだ」

 イラフはお金を渡した。

 「こんな事しなくていい」

 「なに言ってるんだ。先生だって結構貧乏じゃねぇか。働いてないんだ。いいからみんなの気持ちだ。受け取ってくれ」

 「すまんな。みんなによろしく伝えてくれ」

 「ああ、こっちこそまた頼む。じゃあな」

 そう言って男は帰って行った。


 ある日は女の人と6~7歳の女の子が一緒に見舞いに来た。

 「先生、お怪我はどうです?」

 「ああ、レーナさんか。ルルはどうだ?あれから発作は出てないのか?ああ、もしかして薬が?」

 「いえ、ルルは大丈夫です。先生に教わった通り発作が出たら温かい薬湯を飲ませるとすぐに発作が収まるようになりましたから…それに夫が帰って来たんです。先生が知らせてくれたんでしょう?」

 「ああ、余計な事だと思ったが、病気の子供を抱えていては仕事だってろくに出来ない。父親が帰ってくればと思って…あいつに後で後悔してほしくないと思ったんだ。すまん。余計なことをした」

 「いえ、夫は心を入れ替えてやり直したいと言ってくれたんです。だからもう一度やり直してみようかと思ってるんです。先生のおかげです。だから一日も早く良くなってください。あの、これ…」

 差し出されたのは温かそうなひざ掛けだった。

 「ああ、これはいいな。少し寒くなってきたし、ありがとう。使わせてもらうよ」

 「じゃあ、私はこれで…お大事に」

 そうやってセルカークの病室には毎日、見舞客が訪れた。

 最初ミモザはセルカークはまだあの頃のままで油断ならない男だと思っていた。

 だが、気軽に話しかけては来るものの、その内容は天気だったり食事のメニューとかでそれ以上の事を言うことはない。

 他の看護師に対しても礼儀正しく診療師をしていることもあって教会の医者と患者の事で相談を受けることもあった。

 彼はどんな時も嫌な顔一つせずに一緒に考えたり出来ることをしようとした。


 ある日テルヒさんが見舞いに来た。

 セルカークはすまんすまんと謝っていた。

 テルヒさんが帰り際にミモザに話しかけた。

 「先生がミモザさんの事を忘れたってホントみたいですね。先生ミモザさんの事好きだと思いますよ。あんなに楽しそうな先生見たことなかったんです。毎日疲れ果てるまで働いてくたくたになって眠りにつく。まるで自分はそうしなければならないって感じだったんです。でも、ここ最近の先生はすごく幸せそうな顔をしていて。私、良かったって思ってたんです。そしたらミモザさんは出て行ったし先生は記憶を失くしてるし…ミモザさんはこのままでいいんですか?」

 「テルヒさん私すごくお世話になったのに黙って出て行ってすみません。でも、先生の事はもういいんです。私たちは出会うはずではなかったんです。心配かけてすみませんでした。あの…先生の事よろしくお願いします」

 「でも…まあ、ミモザさんがそう言うならこれ以上は仕方ありませんね。ではミモザさんもお元気で」

 テルヒさんはそう言って帰って行った。


 そしてミモザはどんどんセルカークの日ごろの行いがどんなだったかを思い知らされ、女性への態度にもおかしな気持ちなどないということに気づかされて行った。

 (あれは私の勘違いって事?今となってはセルカークの記憶が戻らなければどうしようもない事で…)

 記憶を失っていた事にほっとしていたミモザだったが、もしもセルカークがあれから心を入れ替えて一生懸命生きて来たとしたら、彼が語ったあの話が真実で自分への気持ちが嘘でなかったらと考えずにはいられなくなった。

 (私はなんてばかだったのだろう。でも、もう取り返しはつかない…)

 

 そしてセルカークの退院する日が来た。

 診療所の医者はセルカークを診察して言った。

 「記憶の事はこれからの事として傷はほとんだ治ったようですね。もう、いつでも仕事を始めて構いませんよ。今日退院でいいでしょう」

 「ありがとうございます。私も早く仕事を始めたくて仕方がないのですぐに退院させてもらいます。では、お世話になりました」


 セルカークは病室に帰ると帰り支度を始めた。

 ミモザはセルカークの退院許可が出たと聞いて挨拶をしようと部屋を訪れた。

 「ああ、ミモザさん。ちょうど良かった。あなたには世話になった。ありがとう。これからもここで働くのか?」

 「はい、まだまだ半人前ですが頑張ろうと思います。ペルサキス様もお元気でどうかお仕事頑張ってください」

 「ああ、みんなが待ってるみたいだし、頑張るしかない。この1カ月の記憶がないが、まあ、ほんの1カ月だ。何とかなるだろうしな」

 「ええ、そうですよ」

 そう言うとミモザの心はズンと重くなった。

 そう、ほんの1カ月の記憶。

 セルカークはミモザの事を覚えてはいない。

 もう彼の記憶にミモザはいないのだ。

 胸の奥が熱くなり喉から嗚咽が零れそうになりミモザは急いで礼をして部屋を出た。




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